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燃ゆる思い
彼にスケッチブックを渡したものの、だんだんと自分のしたことが恥ずかしくなってきた。
「やだな。なんであんなことしてしまったんだろう……」
熱くなる頬を手で押さえながら、美術室へ向かって走った。
すると背後から誰かの足音が聞こえてきた。振り返ると、そこにいたのは桜木勇斗だった。無言のまま、私に向かって猛然とダッシュしている。その姿は異様で恐ろしかった。
ひょっとして、彼を怒らせた? どうしよう!
「瑞希! 待ちやがれ!」
桜木が私の名を呼んでいる。やっぱり怒ってるんだ。
「ごめなさい、許してください~!」
とにかく逃げなくてはと思った私は、必死にスピードを速める。
「元野球部の足をなめんなぁ!!」
小さく叫んだ桜木に、私はあっという間に校舎の壁に追い込まれ、捕獲されてしまった。私の両脇の壁に手をおいた桜木は、私が逃げられないように睨みつけてくる。
「ごめんなさい。絵なんて描いて本当にごめんなさい!!」
怒りを鎮めるべく、ひたすら謝り続けた。もはや許しを乞うしかない。
「バカ、怒ってねぇよ」
「え……?」
驚いて顔をあげると、桜木は優しく微笑んでいた。その目は温かく、見つめられていると体が熱くなってくるのを感じる。
「瑞希、ありがとな。おまえの絵、すごく嬉しかった」
桜木は怒ってなんかいなかった。ただ私にお礼を言いたかっただけなんだ。
「よ、喜んでもらえたのなら、良かったです……」
すぐそこにある桜木の体はただ熱く、腕に囲まれていると、夕立の中で見た彼の半裸身が頭の中に浮かんでくる。なんでこんな時に? そう思うと、ますます体が熱くなっていく。
「おまえ、今頭の中で、やらしいこと考えてるだろ?」
桜木がにやりと笑った。図星だった。
「はいぃぃ? そ、そんなわけないでしょ!」
「だって瑞希、顔が真っ赤だせ。おまけに俺の体ばっかり見てる」
「だからこれは、絵描きの性ってもので……」
「おまえは何でも顔と言葉に出るんだよな。本当に面白い」
「面白いって何よ。人をおもちゃみたいに」
抵抗するように顔をあげると、桜木が私を優しく見つめていた。その熱い目に、どうしようもなく心が揺れていく。
「あのさ、もうちょっと俺のそばにいてくれない? 野球を辞めても、瑞希がいてくれたら、なんとか立ち直れそうだし」
「私、あなたの憂さ晴らしじゃないんですけど?」
「あれ、嫌なの? じゃあまた逃げれば?」
桜木が悪戯っぽく笑う。その微笑みは悪魔のように蠱惑的で、私の心をたやすく奪う。
「わかった……。そばにいる」
「わかればよろしい。じゃあこれからもよろしくな」
「はい……」
桜木勇斗に惚れてしまった私の弱味を、巧みに攻めてくる彼を憎らしく思いながらも、私は桜木からずっと逃げられないだろうと思うのだった。
了
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