燃ゆるグラウンド

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 それはほんのわずかな好奇心だった。学校内でも屈指の人気を誇る桜木勇斗を、少しだけ近くで見てみよう。その程度の思いだった。  特に親しいわけでもないし、近づきすぎるのもどうかと思い、少し離れたところから桜木勇斗を見ていた。    すると彼は、濡れたユニフォームが気持ち悪いのか、上半身を一気に脱ぎ捨てたのだ。現れたのは、見事な筋肉もつ半裸身だった。逞しい上腕二頭筋と胸板、適度に引き締まったウェスト。腕と顔は日に焼けているのに、胸板とお腹はやや白く、それが今を生きてる人間の体の証しに思える。  桜木勇斗は濡れた髪をかき上げながら、夕立の空を見上げた。その目はなぜか哀しげで、雨粒が涙のように彼の頬を滴り落ちていく。その姿は戦いに敗れた戦神のように尊く、美しかった。 「なにあれ……まるでギリシャ神話の彫刻みたい。完璧なプロポーションじゃない……」  ここで止めておけば良かった。普通の女の子なら、突然少年の裸の上半身を見てしまったら、驚いて逃げていくだろう。でも私は逃げなかった。  リュックから愛用のスケッチブックを取り出すと、桜木勇斗の体を夢中でスケッチし始めたのだ。(よこしま)な思いがあったわけではない。ただ写し取っておきたかった。鍛えあげられた肉体とそこに宿る熱き魂を。絵描きを志す者の本能といってもよかった。 「こんなチャンス、滅多にないよ。早く描かなきゃ。まぼろしのように消えてしまわないうちに……!」  取り憑かれたように桜木勇斗をスケッチした。ただ夢中だった。  あまりに熱中していたから、気付けなかった。校舎の柱に隠れて描いてるうちに、桜木勇斗に気付かれてしまったことを。 「おまえ、そこで何やってる? スケッチブック?」 「え……?」    顔をあげたときには、すでに手遅れだった。桜木勇斗は私のスケッチブックに視線を落とし、驚愕したように目を見張った。  
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