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うわぁ、最悪や、雨降ってきたやん。
俺はバス停のベンチに腰を下ろして、空を見上げた。視界の上半分は屋根に覆われとって、下半分にはくすんだ色の空が広がっとる。まるで、自分の心を見とるようやった。俺の心の半分は死んでもうてて、もう半分は期限の切れたラ・フランスのように腐りかけとる。……すまん、ラ・フランスて言いたかっただけや。
雨粒はあっという間にシャインマスカットぐらいになって、屋根に弾かれてバチバチと音を立てはじめた。
どうしよ、出直そかな……と考えとったら、背後から足音がして、振り返る。その男は、シャーロック・ホームズよろしく、袖がようわからんことになっとるコートに、ようわからん形状の帽子をかぶっとる。
「いやぁ、ひどい雨です」
名探偵は俺の隣に腰かけた。挨拶をせえへんのは、この出会いが偶然じゃなく、意図されたもんやからやろう。
「また、あんたか」
「そんな嫌な顔しないでください。この雨よりは、マシでしょう」
「どっちもどっちじゃ」
名探偵は、あはは、と笑った後、「私ね、あれから考えてみたんです」と言って、事件の推理を語りだした。
事件というのは、殺人事件のことや。俺が嫁をバールのようもので殺害した事件。……いや、あれはバールのようなものじゃなかったか? ……いやいや、やっぱりバールのようなものやった。確かにあれはバールのようなものやった。とにかく、そうや、俺がやったんや。けど、俺にはアリバイがある。完璧なアリバイ工作をしたった。せやから、この名探偵が俺の殺人を立証すんのは、不可能……ちゃうわ、やっぱりバールのようなものちゃうわ。あれは……なんや??
「実はね」
そう言って、名探偵は人差し指を立てて、坐高を低くした。
「あな…は……とき…裏口…ら……」
声、ちっさ! そうやのうても、激しく打ちつける雨の音で聞きとりにくいのに、姿勢を屈めてひそひそ話みたいに推理を語るスタイル、知らんがな。
「なんて?」と俺が聞き返すと、名探偵は余裕こいた笑みを湛え、一度、静かに瞼を下ろしてから、また指を立てなおして、語りだす。
「あ…たは…の…き…裏…か……」
声、ちっさ! 全然、ボリューム変わってへんて! 聞こえへんて!
「なにを言うとんねん!」
俺が声を荒げると、名探偵はなぜか嬉しそうに目を大きくした。
「焦ってらっしゃるようですね、もう、認めてしまうんですか?」
「いや、認めるかぁ!」
「いいでしょう。では、話を変えます。あな…は私……めて………とき……」
もう!! ちっさいて!! 指立てんな!! 屈むな!! そのスタイルやめ!!
バスが到着して、乗りこんでいく俺の背中に名探偵が声を投げてきよった。
「逃げるんですか?」
「自首じゃ!!!!」
このままでは第二の殺人が起こってしまいそうやったから、俺は予定通り、警察署に向かうことにした。
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