第3話夏営地イマキヤ

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第3話夏営地イマキヤ

前書き 兄たちよりも早くオルダバザール「春営地」を出発したミルドレッドたちはイマキヤの市場で馬乳酒(クムス)を売ろうとしたが、いち早くヤクート族の女たちが馬乳酒(クムス)を売りに来ており、価格が値崩れしていた。一方アドリアンたちは狩猟のために西シベリアのチンギチュラに向かう。狩猟のあとテムジンの勧めでウラル山脈を越えてペルム地方へと足を進める。現地人に会い、現地の苦境を知る。 本文 ★中央アジアの人々のことわざ 悲しむ人の沈黙は話す人の言葉より響く。 ****** 登場人物 アドリアン15歳…トクトゥの子「長男」 ケイマン14歳…トクトゥの子「次男」 アルファード13歳…トクトゥの子「3男」 エカチェリーナ23歳。 アドリアンの妹の4人「妹長女ミルドレッド14歳……ラドミラの子、異母妹。妹次女ケイト13歳……ラドミラの子、異母妹。妹3女アリサ12歳……トクトゥの子、同母妹。妹4女ハティジェ11歳……トクトゥの子、同母妹」 アドリアンの母親トクトゥ・バザロフ35歳…トクタミシュの母親ラドヴィガ40歳の妹、コンギラト部族出身 ラドミラ30歳…父ミハイルの2番目の妻、テレングト族出身 ****** ☆ミルドレッドたちの行動 1363年6月8日木曜日午前9時:イマキヤ市場「イマキヤは現在のカザフスタン北部にあるバブロダールという都市の近くにあった」 ケイトがヤクートの女性に聞いた。 貴女たち、バルナウル「現在はロシアの同名の都市である」へはもう行ったわよね。 行ったわよ。貴女たちもバルナウルへ行くつもりなの? うん。そのつもりだったけど、貴女たちが行ったあとでは馬乳酒(クムス)を買ってくれる人は居ないわ。 何か悪いことをしちゃったわね。私たちはレナ川まで帰るから、イルティシュ川の下流にあるハカン・キマクに行ったらどうかな。 ハカン・キマクか。確かキマク・カガン国の首都だったところよね。滅んでしまった国の首都にまだ人が住んでいるのかな? それは大丈夫よ。去年の夏に行ったけど結構沢山の人が住んでいたわよ。貴女たちが持っている分くらいは売れると思うわ。 そうなのか。どんな人が住んでいるのか教えてくれない? そうね。半農半牧というところかしら。小麦、アワ、大麦、マメ科植物、米など栽培して、裕福な人は馬を普通の人はファットテールヒツジ「Fat-tail and Fat-rump sheep」を飼っているわ。お金のない人は牛かな。 ファットテールヒツジは食用の肉、調理用の油、そして照明用の脂肪を採れるから良いわよね。 住居はどうなの?私達と同じかな? 貴女たちはユルタ「天幕・テント」でしょう。彼らはフェルトのパオや日干しレンガ造りの家に住んでいるわ。 ミルドレッドはハカン・キマクへ行くと決め、ヤクートの人たちに自分たちが作った毛皮や羊毛を用いた衣服や帳幕、馬具や装身具及び羊毛を加工した厚手の毛皮衣服や帽子、靴を見せた。 彼女たちはすべて買ってくれたが、特にリスやキツネの毛皮を帽子や外套の襟や袖の装飾に使ったものを気に入ってくれた。 交換にと言って、珍しいものを4人分分けてくれた。それは砂金採りに必要な道具である。ミルドレッドたちもザルで砂と金を選り分けるつもりでいたから、こんなに沢山の道具が要るとは思っても居なかった。 彼女たちはレナ川の支流のいくつかで現実に採取しているようで砂金の採り方を説明してくれた。 1⃣金鍬「Gold Pan」: 砂金を探すために最も一般的な道具で、浅い鉢状の容器です。水と砂利を入れ、鍬でかき混ぜながら砂金を集めます。 2⃣すり鉢と乳棒「Mortar and Pestle」: 砂金を砕くための道具です。すり鉢は丸い浅い容器で、乳棒を使って砂金を粉砕します。 3⃣水路「Sluice Box」: 砂金を分離するための装置で、水と共に砂利を流すことで砂金を集めます。水路は長方形の構造で、傾斜がついており、段階的に砂利を流し、砂金を集めることができます。 4⃣採掘道具「Mining Tools」: 砂金を掘り起こすために、ピックやシャベルなどの採掘道具が必要です。これらの道具を使って砂利や土を掘り起こし、金を探します。 5⃣水源と水容器「Water Source and Containers」: 砂金の採取には十分な水が必要です。近くの川や湖から水を取る手段が必要であり、水を運ぶための容器も必要です。 実際に彼女たちがくれたのは4人分の金鍬「Gold Pan」、すり鉢と乳棒「Mortar and Pestle」、採掘道具「Mining Tools」である。 ミルドレッド、次女ケイト、アリサ、ハティジェの4人は牧夫20名と一緒にイルティシュ川沿いを馬に乗って北上「シベリアの川は南の山脈から北の北極海まで流れているので、北上は降りである」し、ハカン・キマクに到達した。 346fc150-f9b9-43d3-a804-8fbdb91f79d9fe24cdf3-e7e7-4fd8-a7b5-4fd9df93d002図の右上にハカン・キマクとイマキヤの町がある。近接していることが良く分かる。 1363年6月8日木曜日昼12時:ハカン・キマク 見渡す限りだだっ広い草原を駆け抜けてきたが、ぽつりぽつりと集落らしきものが見える。 平坦な地形が広がっており、草原や湿地、小さな丘陵地帯で構成されている。周辺には草原が広がっており、乾燥に適応した草や低木が自生している。草原は家畜の放牧に適しており、家畜飼育が盛んだ。 イルティシュ川はハカン・キマクを流れており、河川の水源として重要な役割を果たしている。川岸には水辺の植物や鳥類が生息している。 ハカン・キマク周辺には草食動物や鳥類が豊富に生息している。草原にはウマやウシなどの野生動物や家畜が見られる。また、鳥類の中にはツバメやノスリなどの種類も存在する。 イマキヤと同様に大陸性気候の影響を受け、夏季は暑く乾燥し、冬季は寒く降雪がある。気温の変動が大きく、夏の最高気温は摂氏30度以上に達することもある。 ミルドレッド、次女ケイト、アリサ、ハティジェの4人はとある集落に足を踏み入れた。誰だと怒鳴る声が聞こえたので、そちらに近寄ってみた。 ここに女性だけで来るのは久しぶりだな。去年の夏にヤクートの女性たちが来て以来だ。どんな用件かな。 私たちはイマキヤから来たモンゴルの者です。馬乳酒(クムス)を売りに来たのです。 そうか。馬乳酒(クムス)ならいくらでも引き取るよ。俺たちの交換品と言えば羊の食用の肉、調理用の油、そして照明用の脂肪それと昨日仕留めた山鳥5羽くらいしかないが良いのかな。 勿論ですよ。おじさん。交換しましょう。 私はジェルゲス 「Jerges」と言うんだ。まだ24歳だ。おじさんじゃなくお兄さんと呼んでくれ。 そうだ。これをやろう。この間、宮殿跡から盗掘してきたものだが、俺には不要なものだからな。 彼はミルドレッドに装飾品を5個ほどくれた。 ミルドレッドたちは羊の肉と山鳥の肉を調理して食べた。アリサが山鳥の内蔵をかじったらカチンと歯応えがあり、取り出すと一粒の金属の塊が出て来た。 ミルドレッドが鑑定したところ砂金の塊「約100グラム」だと分かり、総員色めきだった。 ジェルゲス 「Jerges」さんにその山鳥を何処で捕ったのか聞いてそこへ大挙して押しかけた。 ハカン・キマクから北へ更に50キロほどイルティシュ川沿いに降った小高い丘陵の頂上辺りに山鳥の巣があった。 ミルドレッドたち4人はヤクートの女性にもらった道具を用いて早速その辺りで砂金を採取にかかった。 4人ともその日を含む一週間でそこそこ砂金を採ることが出来たが、一番多く採取したのは一番年若のハティジェ11歳であった。ハティジェは他の3人を合せてもたったの600グラムだったにも拘わらず、たった一週間で砂金2キログラムも採取した。 ミルドレッドたちはそこからみっか掛けて当初の目的地バルナウルへ向かって出発し、6月20日に到着した。 ****** 注……14世紀のバルナウルは、ゾロタヤ・ウルス「チンギス・ハンの孫バトゥの子孫によって統治されている」を宗主国とするオルダ・ウルスの統治下にありました。オルダ・ウルスは、モンゴル帝国の創設者チンギス・カンの孫であるオルダ「バトゥの兄」の子孫によって統治された国家です。バルナウルはオルダ・ウルスの一部であり、その支配はオルダ・ウルスのハンやその代理人によって行われました。オルダ・ウルスは中央アジアと西シベリアに広がる広大な領域を支配しており、バルナウルはその一部であり、交易や交通の重要な拠点でした。 ****** 1363年6月20日火曜日午後2時:バルナウル バルナウルには北欧・西欧諸国、中央アジア、中国など世界各国から商人が訪れ、賑わっておりました。ミルドレッドは砂金2,600グラムと手持ちの品物を大金貨300枚と交換した。また牧夫たち20名が狩猟で得た毛皮を各地の商人と物々交換し、硝石500キログラム、硫黄500キログラム、(いしゆみ)1,000張り、鉄の撒き菱5,000個などと食料・生活用品を入手した。 食料・生活用品の内訳は以下の通りである。 「米、小麦、大麦、燕麦、ライ麦、てん菜、キビ、エンドウ各種の野菜、乳製品「ミルク、バター、チーズなど」、香辛料、香料、調味料、医薬品、塩、薪、石炭、コークスなどや生活用品の大量の綿布、綿織物、火打金、火打石、火口の3点セット、鍋、釜、包丁、料理用の各種ナイフ、フォーク、スプーン、ルアー、狩猟用ナイフ、斧、のこぎり、竿、糸、浮き、オモリ、釣り針、エサ、ロープ、大量の針金、金網、漁師網、釘、針、木綿、綿の下着、布、ストーブ「薪用」、ストーブ「石炭・コークス用」、容器「陶器・磁器」、薪ストーブ用のテント、炊飯釜、竹、建設用木材、鉄製の工具や鉄製のヤカン、土瓶、ツルハシ、鋼線、鉄パイプ、鉄鋼などと大量のユルタ「天幕、簡易テント」、防具「盾、鎧、兜」」 その取引をイマキヤで会ったヤクート族のおばさんたちが見ており、ミルドレッドに声を掛けてきた。 貴方達また会ったわね。 おばさんたち、まだ帰っていなかったのね。私達はこれからクズネックへ行こうと思うのよ。 そうなの?でも遠くへ行くには、あんたたちの乗っている馬は何かみすぼらし過ぎるわね。さっき取引していた食料・生活用品の一部とヤクートの馬24頭を交換してあげるわよ。 ケイトがヤクートの馬を品定めすると、体高は約約130〜145センチメートルと小柄ですが、体重は約500kgもあります。何よりも良いのは寒さに強いということです。下毛がびっしりと密集しており、脂肪をたっぷりと蓄えています。喜んで交換してもらいました。 ****** ヤクート馬は、シベリアの厳しい環境に適応した地元の馬種です。 1️⃣適応力と耐寒性: ヤクート馬はシベリアの極寒の気候に適応し、厳しい冬の条件下でも生き残ることができます。彼らは寒さに強く、太い毛皮と密度の高い下毛を持っています。これにより、極寒の気温に耐えることができます。 2️⃣頑強な体格: ヤクート馬は頑強で筋肉質な体格を持ち、耐久性があります。彼らは厳しい地形や長距離の移動にも耐えることができます。 3️⃣小型サイズ: ヤクート馬は比較的小型の馬種で、体高は約130〜145センチメートル程度です。この小型サイズは、食物摂取の効率性と移動の容易さを提供します。 4️⃣忍耐力と速度: ヤクート馬は長時間の労働や長距離の移動に耐える忍耐力を持ち、速度も持っています。彼らは適応性が高く、さまざまな用途に使用されました。 5️⃣温和な性格: ヤクート馬は温和でおとなしい性格を持ちます。彼らは従順で取り扱いやすく、人間との協力関係を築くのに適しています。 ヤクート馬は、シベリアの厳しい環境において人々の移動や労働に貢献しました。彼らの耐寒性、頑強な体格、忍耐力、速度、そして温和な性格は、この地域の要求に適応した素晴らしい特徴です。 ******0e62bb7d-2462-4dcd-bc80-72f67c4743fd 17世紀の西シベリア 出典:「シベリア先住民の歴史」彩流社。ジェームス・フォーシス著、森本和夫訳。P55 ミルドレッドの指示でクズネックへヤクート馬で移動した。途中でテレウツ族の遊牧民たちと出会い、彼らはアルタイ山脈を越えてイヌワシ猟に向かうところだった。ケイトはイヌワシ猟に興味があり、彼らに付いていこうとしたが、ミルドレッドに厳しくたしなめられ諦めた。 ミルドレッドはテレウツ族の首長イルデル「戦士」35歳の妻セルゲン「"美しい"を意味する」30歳に先程の交易品を見せてやると、テレウツ族一同が全員集まり我先にと目当ての物を取り、その代わりに黒貂(クロテン)「セーブル」の毛皮、シルバーフォックス、ミンク、アーミン、(テン)白貂(シロテン)などの毛皮を山ほど持ち込んで運んできた。森林産品の木材、蜂蜜、蜜蝋、タール、乾燥果実、色々な種類の薬草、燻製肉、燻製魚類なども交換品として差し出した。 ミルドレッドは満足し、クズネックの鉄器には未練があったがまた来年の夏に訪れることにし、バルナウル→イマキヤ→オルダバザールへと向かった。今得られた毛皮類はオルダバザールの方が高値で売れるからである。出来ればウルゲンチに持っていくとなお良い。 今回はここまでにいたしましょう。次回をお楽しみに。
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