第5話秋営地オルダバザール

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第5話秋営地オルダバザール

前書き オルダバザールとチュメニとの中間地点のルドニーの町あたりで鉄の鉱山を見つけます。これは大きな発見です。鉄を精錬するためには高温が必要です。アドリアンたちは瀝青炭からコークスを作ろうとします。さてどうなるのでしょうか? 本文 ★中央アジアの人々のことわざ 客が何時来るかは客がきめる、客がいつ去るかはお前がきめる。 ☆アリサ12歳とハティジェ11歳の行動 d6e7d49c-195f-4072-a4d2-c76a1bfbb8f154484cbe-b557-4693-b98a-1faf920b8deb オルダ・ウルス 100bee72-cdc4-43fe-be82-ad12efb8cb827e7a811e-9912-4c38-a72a-5c369b7544a9 オグズ・ヤグブ州の地図 古い地図だが、ヤンギケントとジェンドの位置が良く分かる。 1363年6月27日火曜日午前9時:イマキヤ ミルドレッドたちはバルナウルから帰ってきた。兄たちはまだ帰っていない。 お母さん「ラドミラ」がミルドレッドとケイトを呼んでいる。 テレングト族の村で出産することに決めたんだ。お前たちも一緒に来ておくれ。爺さんたちにイヌワシ狩猟を教わると良い。 それは良いけど、毛皮を売るのにアリサとハティジェのふたりで大丈夫かな?とミルドレッド。 そうだね。スブタイとクビライのふたりを付けてやろう。 「それなら大丈夫だわ。お母さんありがとう」とケイトが言う。 その日いちにちはそれぞれのアウル(家族)ユルタ(天幕)で過ごした。 ミルドレッドとケイトはラドミラのところ、アリサとハティジェはトクトゥのところである。 ミルドレッドはラドミラにテレウツ族の首長イルデル「戦士」35歳の妻セルゲン「"美しい"を意味する」30歳と交易をした話をすると、ラドミラが驚いた。セルゲンはテレングト族出身でラドミラの従姉妹だったからだ。 ラドミラはミルドレッドに「お前も来年は15歳になる。然るべき人と夫婦にならねばならない。誰か気に入った男が居るなら今のうちに言っておくれ」と聞いて来た。 気に入った人が居たらその人と結婚させてくれるの? まあ、相手によりけりだ。思うに相手は格下のようだね。 格下でもアドリアンがOKすれば結婚できるけど。意中の人が居るなら言ってご覧よ。 テムジンよ。相手はどう思っているか分からないけど。 テムジンなら私も賛成だけどアドリアンが何と言うかね? アドリアンはお前を可愛がっているから、どこかの国の王妃にしたいと思っているかも知れないな。 私がテムジンを王様にすれば良いんでしょう? まあ、一度アドリアンに話してみよう。 1363年9月14日木曜日朝10時……秋営地オルダバザール お母さん(トクトゥ・バザロフ)がトナカイの毛皮を俺達全員に仕立ててくれた。バイ(一族の集団)の幹部や女たちにも作るからトナカイを100頭捕獲して欲しいと言われた。 快く引き受けたがもう一つ難題を持ちかけられた。 鍛冶屋をやっているケマツとジュチが良い鉄が無くて困っているそうだ。鉄はジョチ・ウルスの内紛のせいで価格が高騰している。品数もあまり出回っていない。 兄弟や従兄弟・従姉妹たちと部下たちを呼んで相談した。解決策が見つからず頭を抱えていた。馬乳酒(クムス)でも呑みながらもう一度考えよう。 馬乳酒(クムス)をソフィヤの長女のスサンナ14歳……お母さんの長姉スネジャーナの孫……に持ってこさせた。スサンナは黒く光る大きな石を一緒に持ってきてみんなに見せた。 ジェベがこの間の狩猟の帰りにルドニの町近くにあるユズニー「Yuzhny」山で黒い石を見つけて私にくれたの。 ケマツとジュチがこの石をみて鉄鉱石だと云った。 そういえばチュメニからの帰りに寄り道をしたな。あの山に鉄の鉱山があったのか。 ルドニーの町に行って確認しよう。4日もあれば行ける。 それにしてもジェベのやつスサンナに惚れていたんだな。そうじゃなければ俺に内緒で物をスサンナにやるものか。 スサンナにはお手柄の褒美に金のインゴットを1枚やった。スサンナは大喜びしていたが、「使いづらいので小金貨100枚に両替してくれ」と云う。アドリアンは余分に小金貨を100枚やった。 9月19日火曜日朝10時……ルドニーの町近くのユズニー「Yuzhny」山 一族を総動員して山中を掘り返し、やっと鉱床らしきものを見つけた。氷を砕くのに使う頭部の一方が斧状になったピッケルに似たツルハシを用いて、露天掘りを10日行った。100トンの鉄鉱石を得たから上出来だろう。全員に大金貨を1枚ずつ支給した。 ケマツとジュチが「ここに工場を作り、鉄鉱石を精錬して鉄鋼を作る必要がある」と言う。 精錬するには石炭が必要だ。人数を半分に分けて地下工場を作り、石炭を掘りに行かせた。ジェンドから瀝青炭を200トン持ってこさせた。 10月22日日曜日朝10時……ルドニー製鉄工場 コークス炉……注①を作り200トンの瀝青炭からコークスを40トン作った。高性能の鉄鋼がたくさん出来た。 ケマツとジュチには「ここで作る製品はアドリアンが全て買い上げる。他には売るな」と指示し、槍と剣を3,000本ずつと(やじり)を1万本作らせた。総額で小金貨1,000枚支払った。部下たちにも大金貨を1枚ずつ支給した。槍部隊3,000名、剣部隊3,000名、弓部隊4,000名の編成をした。 11月4日土曜日朝10時にルドニー製鉄工場を出てチュメニに向かって出発した。 faba0030-d4d7-444d-afba-e45dd05bc48696a63dd2-9ca0-4b82-a7ed-85f3f544208d チンギ・チュラ「チュメニ」 11月11日土曜日朝10時……チュメニ宿屋 宿屋の主人に馬を預けてトナカイ1,000頭と(そり)を1,000個1冬借りた。小金貨2千枚支払った。 1ヶ月の間にラッコ35頭、ヒグマ5頭、クズリ10匹、アカギツネ100匹、キタキツネ50匹、イタチ30匹、テン50匹、オコジョ100匹、ミンク80匹、カワウソ100匹、野生トナカイ200匹、ノウサギ300匹、リス500匹等、鳥類ではガン100羽、カモ300羽、ハクチョウ20羽、ライチョウ30羽を捕獲した。 全員でさばいて、肉、内蔵、毛皮を馬車に積んでジェンド(jend)まで運ばせた。 アドリアン以外はキシリクに向かった。砦の人たちが来るまでにみんなは鉄製のボイラーを製作した。オビ川からキシリクの砦まで水を引き、コークスを熱源とするボイラーを通して鉄パイプで温水を各家庭に供給する。 砦の人たちのために地下の固定住居を1,000軒建設して蒸気パイプも全家庭の各部屋に通した。エカチェリーナも連れて行っている。後で感想を聞くと暖かさに感激していた。この地も攻撃される可能性は十分にある。 この間にコンクリート100トン分の材料を集めさせた。アドリアンはジェンドに帰還した。 12月11日月曜日朝10時……ジェンド(jend) ジェンド(jend)に到着すると、ラドミラが出産を終えてテレングト組と一緒に帰っていた。男の子を出産したので、名前をステファン・バザロフと名付けた。キシリク組も帰って来たので全員揃った。 ジェンドの固定住居にもボイラーを設置し、アラル海から水を引き、各固定住居に鉄パイプを通してスチーム暖房を設置している。 全員揃ったので毛皮の乾燥だけ済ませておいた。要は剥いだ毛皮に魚油を塗り、冬季の外気温にさらされる屋外や小屋で乾燥させておくか、煙でいぶして乾燥させると言う事だ。 お母さん「トクトゥ」が女性たちに指示している。 日照時間が長くて作業しやすい春に皮の(なめ)し作業を本格的にするから、その前に(やだけ)打ち……注②を終わらせてちょうだい。 はい。分かりました。 ☆アドリアンとラドミラの会話 アドリアンに相談があるんだけど。良いかな。 勿論ですよ。何でも言って下さい。 ミルドレッドも来年15歳になるのよ。良い縁談を見つけてやりたいの。 ラドミラさん、僕もそう思っていたのです。出来たらお相手は一国一城の主にしたいのです。しかしね。色々考えては見たのですが、近隣に良い相手が居ないんですよ。 そうだったの。考えてはくれていたのね。でも貴方はモンゴルを再興したいんでしょう? それならなまじ相手は王様で無い方が良いんじゃないの?貴方が滅ぼす相手になるわけだからね。 そういうことです。ですから僕の部下の中で見込みのあるやつを何人か選んでおきました。 テムジン、ジェベ、ムカリ、ジェルメ、スブタイ、クビライの6人です。 その人達なら文句は無いわ。でもミルドレッドの意見も聞いてみましょう。 ラドミラはミルドレッドを呼んできました。 ミルドレッド。貴女のお婿さん候補が6人決まったわよ。 ミルドレッドは内心嬉しくて仕方なかったのですが、渋々選んだような様子をアドリアンに見せながらテムジンを選びました。 アドリアンはテムジンを呼び、ミルドレッドと結婚するように言い渡しました。 ☆アドリアンとアリサ12歳、ハティジェ11歳との会話 アドリアンのユルタ「天幕」に珍しく同母妹のアリサとハティジェがやってきました。 お前たちが俺のところに来るなんて初めてのことだな。何か欲しいものでもあるのか? アリサが答える。 私達、ブハラで学問がしたいの。2年で良いからブハラへ勉強に行かせて下さい。 ブハラを指定するということは何か考えがあるのだな。何を勉強したいのか?言ってみろ。 私は医学の勉強がしたいのとアリサが答える。 ハティジェは何を勉強したいのだ? 私は色々あるわ。先ずは語学ね。世界中何処へ言っても喋れるようになりたいの。それと、医学・哲学・科学、天文学・数学・地理学。それとね。 もうそれくらいにしろ。欲張っても物にならんぞ。 アリサは医学、ハティジェは語学と交易の勉強をしろ。 ハティジェが文句を言う。交易なんて誰も教えてくれないわ。私が教えたほうがマシよ。 それなら語学と商業全般をやれ。そうだ。お前は砂金採りが上手いと聞いたぞ。工学も勉強せよ。 ムハンマド・トゥースィー34歳にふたりとも教わると良い。彼はイブン・シーナーやアル・ビールーニーの系統の学者だと聞いている。大旅行家のイブン・バットゥータとも会ったことがあるそうだ。 学費としてお前たちに大金貨1,000枚ずつやる。3年で学業を終えて帰ってこい。帰ってきたらアリサはジェベとハティジェはムカリと結婚させる。 アリサがアドリアンに文句を言う。 ジェベは私のことが好きじゃないのよ。スサンナのことが好きだと本人が言っていたわ。 馬鹿め。好きとか嫌いとか関係あるもんか。おい、ジェベとムカリ、ジェルメとケイトを呼んで来い。 アドリアンはジェルメとケイトを結婚させ、アリサとジェベ、ハティジェとムカリの二組を婚約させた。 ☆テムジンとミルドレッド及びジェルメとケイト 結婚した二組の夫婦はアドリアンに呼ばれた。 お前たちは今からキシリク「征服したシビル・ハン国の首都」へ行き、近隣の先住民たちを我々の傘下に組み入れよ。テムジンとミルドレッドはキシリクから東の領域だ。ジェルメとケイトはキシリクから西の領域だ。 シバン系の残党もあちこちに屯たむろしているから気を付けろ。先住民たちから取り立てたヤサク「税金」のうち2割を俺に寄越せ。残りはお前たちのものだ。一年に一度装丁一人について黒貂クロテンの毛皮一枚が相場だろう。交易した分の利益はお前たちが取れ。 鉱山からの産品はすべて俺のところに送ってこい。俺が適正に分配してやる。ヴァシュガン平原に沢山存在する泥炭を取り出して乾燥させれば良いエネルギー源になるぞ。 二組の夫婦は謹んで拝命した。 ****** 1️⃣イブン・シーナー(アヴィセンナ):イブン・シーナーは医学・哲学・科学の分野で知られるペルシャの学者であり、ブハラで活動しました。彼は多くの著作を残し、特に医学の分野でその業績が評価されています。 2️⃣アル・ビールーニー:アル・ビールーニーは天文学・数学・地理学の分野で活躍したペルシャの学者です。彼はブハラで生まれ育ち、多くの著作を執筆しました。 3️⃣ムハンマド・イブン・バットゥータ:イブン・バットゥータはモロッコ出身の旅行家であり、14世紀にブハラを訪れました。彼は旅行記『大旅行記』を執筆し、ブハラの文化や社会についての貴重な情報を提供しました。 ****** 今回はここまでにいたしましょう。次回をお楽しみに。 ****** 注①……コークス炉……石炭を高温で蒸し焼きにする乾留工程により、硫黄、コールタール、ピッチ、硫酸、アンモニアなどの成分が抜ける。 この工程を経る事で燃焼時の発熱量が元の原料の石炭より高くなり、高温を得ることができる。外見は石炭に似るが、多孔質であるため金属光沢は石炭に比して弱い。多孔質は、乾留(1,300℃以上)の際に石炭中の揮発分が抜けてできるものであり、結果的に炭素の純度が高まり高温度の燃焼を可能とする。 一般的な収量は、瀝青炭程度の品位の石炭100に対し20程度「重量比」で、残部は副産物、灰「燃焼灰・灰分」となる。 乾留時にコークス炉ガス、軽油、タール「コールタール」が副産品として得られる。これらはそれぞれに燃料や化学合成用原料として用途があり、コークス炉は古くから石炭化学工業の原料転換工程としても重要である。有効成分を含んだガスいわゆるコークス炉ガス「COG: Cokes Oven Gas」はコークス焼成に再利用されるなどしている。 ****** 注②……(やだけ)作業は、毛皮のなめし工程の一部であり、皮膚表面にある皮下結合組織を除去する作業です。この工程は、毛皮を柔らかくし、品質を向上させるために重要です。 箭打ち作業の手順は以下の通りです。 1. まず、毛皮を十分に湿らせ、柔らかくします。これにより、皮下結合組織が剥がしやすくなります。 2. 次に、専用のナイフ(箭打ちナイフ)を使って、皮膚表面に沿って皮下結合組織を削り取ります。この時、ナイフを皮膚に対して垂直に保ち、皮膚を傷つけないように注意します。 3. 皮下結合組織が除去された毛皮は、さらに柔らかくなり、なめし工程が容易になります。 箭打ち作業は、毛皮の品質に大きく影響するため、熟練した職人が行うことが一般的です。また、動物の種類や毛皮の状態によっては、箭打ち作業が必要ない場合もあります。 ****** 後書き アドリアンとエカチェリーナはお互いの思いを確認しあってからは、ブハラの宿屋で落ち合っていました。何度か会ううちに互いに離れがたく思い、結局アドリアンはエカチェリーナをスグナクの王宮に返さず、自らの陣営に連れ帰りました。怒ったのは、エカチェリーナの夫トグリ・テムル「オルダ・ウルスの支配者」である。王妃の失踪などあってはならぬことである。直ちに、部下に命じてエカチェリーナの行方を捜索させた。
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