第7話冬営地ジェンド

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第7話冬営地ジェンド

前書き エカチェリーナを奪われ怒り心頭に発したトグリ・テムルはいよいよジェンドを襲撃します。予測していたアドリアンはできる限りの準備を整えて迎え撃ちます。さて結末はどうなるでしょうか。 本文 ★中央アジアの人々のことわざ 馬の癖は主人が知っている、嫁の癖は彼女の両親が知っている。 1b710221-c10d-4e3b-9f0c-a3d9ce0ac8a4386b895a-7973-4984-8ddf-3bda1bfd982c オルダ・ウルス 16924f31-56f8-4b9f-aa4a-56935e8587b75719e5c8-e83e-4f43-aadf-d46c2937a2ee オグズ・ヤグブ州の地図 古い地図だが、ヤンギケントとジェンドの位置が良く分かる。 822b024d-68a6-4f88-8533-79b642b91568 17世紀の西シベリア 出典:「シベリア先住民の歴史」彩流社。ジェームス・フォーシス著、森本和夫訳。P55 552284b1-6f1b-445a-94fa-6004794e4e70f325ac2d-6e3f-4669-934a-5a885c84c01d シビル・ハン国 ☆テムジンとミルドレッドの夫婦 テムジンとミルドレッドは部下100名を連れて12月12日火曜日にチュメニに向け出発した。順調にタラまで到着出来たので、タラからナリュムの間にあるヴァシュガン平原で狩猟を試みることにした。 ☆ヴァシュガン平原 12月20日、テムジン一行はヴァシュガン平原に到着した。目の前に広がる平原は一面の雪に覆われ、白い銀世界が広がっていた。寒風が吹き抜け、大地は凍りついた厳しい冬の寒さを感じさせた。しかし、テムジンと彼の部下たちはその荒涼とした風景にも胸躍らせた。 彼らはヴァシュガン平原の探索と狩猟に取り組んだ。広大な雪原を進む彼らは、足跡を残しながら地形を探り、冷たい風に身を委ねながら前進した。時折、遠くに広がる凍った湖沼や雪に覆われた丘陵が見えた。その静寂と美しさは彼らを魅了した。 狩猟の時が訪れると、テムジンと部下たちは獲物の足跡を辿りながら巧みな狩猟技術を発揮した。ヴァシュガン平原には豊富な野生動物が生息しており、彼らはヒグマやキタリス、ヘラジカといった獲物を追い求めた。寒さに耐え、雪の中を静かに進む彼らは獲物に近づき、一瞬の隙をついて矢を放った。 狩猟の成果によって、テムジン一行は肉や皮を手に入れた。肉は食糧として彼らの生活を支え、皮は衣服や装飾品として利用された。彼らは獲物を捌き、肉を焚火で調理し、寒さと疲労を癒やした。炎の揺らめきと共に、彼らは絆を深め、困難を共に乗り越える強さを感じた。 テムジンとミルドレッドの一行は、ヴァシュガン平原の厳しい自然環境と狩猟の試練に立ち向かいながら、結束力と勇気を深めた。彼らの冒険は困難を伴ったが、自然の美しさと豊かな獲物は彼らに喜びと満足感をもたらした。この冬の探索と狩猟の経験は、彼らの生活において貴重な一ページとなった。 得られた毛皮はヒグマ、コハクチョウ、ヘラジカ、ライカ、黒貂(クロテン)(テン)、リス、銀リス、キタリス、イタチ、キツネ、ホッキョクキツネ、赤キツネ、オコジョ、クズリ、ミンク、エルク、シベリアイタチ、マツテン、ユキウサギ、マスクラット、ライチョウ、エゾライチョウ、カワウソなどであり、中にはここでしか獲れない物も沢山あった。 ミルドレッドは獲物の中で見たこともないものがあり、テムジンに聞いた。テムジンは狩猟の名手で何でも知っている。 貴方に聞きたいことがあるのよ。 どんなことだ。 コハクチョウ、オコジョ、クズリ、マスクラットって何なの?初めて聞くわ。 ああ、コハクチョウ「Whooper Swan」というのは、湖沼地帯に生息する大型の水鳥だ。彼らは白い羽毛と長い首を持ち、独特の鳴き声で知られている。コハクチョウは水生植物や小魚、昆虫などを食べ、長距離の渡りを行うことでも知られているよ。 オコジョ「Siberian Roe Dee」は小型の鹿だ。彼らは中型で、美しい茶色の毛皮と角を持っている。主に草食であり、草、木の葉、樹皮などを摂取する。彼らは広い範囲を移動し、群れを作ることもあるんだ。 クズリ「Musk Dee」は小型の鹿で、ヴァシュガン平原の一部地域に生息している。彼らは体長約80〜100センチメートルで、特徴的な長い牙「クズリ」を持っている。クズリは草食性であり、若木や低木の葉、芽、果実を摂取する。彼らは臭い腺から強い匂いを放ち、縄張りを主張する。 マスクラット「Muskrat」はヴァシュガン平原の湖沼地帯に生息する小型哺乳類で、ネズミ科に属しているよ。彼らは茶色の毛皮と太い尾を持ち、水辺の生活に適応している。マスクラットは水生植物や浮遊物を食べ、水中での生活に適した特殊な体の構造を持っている。 良く分かったわ。テムジンって凄いのね。何でも知っているのね。 いやいや、それは褒め過ぎだ。狩猟のことしか分からないんだよ。 1364年1月15日月曜日午後3時……冬営地ジェンド(jend) アドリアンはここに木製の固定住宅を建てたが地下なので安定性に欠ける。もう少し堅牢な材料を開発することを考えた。現在で云うところのコンクリートだ。 まずセメントを作成する。セメント1tを生産するには通常,石灰石1.2t,粘土0.2t,鉱滓0.3t,ケイ石0.6t,石膏(せっこう)0.4tを使用する。石灰岩も石膏(せっこう)もウスチユルト台地でいくらでも採れるし、鉱滓(こうさい)も製鉄工場で幾らでも貰える。ケイ石はアラル海の海沙、粘土もアラル海でいくらでも採れる。 次にコンクリートだ。コンクリートは、砂や砂利、水などをセメントで混合・結合させたものだ。砂や砂利はキジルクム砂漠で井戸を掘る時にでたものを使えば良い。今あるものを使おう。今回は部下にアラル海とウスチユルト台地に行かせて、必要な材料を採取してこよう。 アドリアンは、部下100名にセメントとコンクリートの材料を取りにウスチュルト台地とアラル海周辺に派遣した。彼らは大地の広がりを背に、勇ましく旅立った。 ウスチュルト台地に到着すると、部下たちは広大な石灰岩の地層を目にした。威厳ある岩壁が天空に向かってそびえ立ち、その美しさに圧倒された。部下たちは力強く採石を行い、頑丈な石灰岩を集め、一方で、台地の奥深くには石膏も採れる場所があり、部下たちはその豊富な資源に感謝しながら、石膏を選別した。 その後、アドリアンの部下たちはアラル海の海沙へ向かった。広大な海岸線には砂の波打ち際が広がり、風によって砂粒が踊る。アラル海の美しい水平線とともに、部下たちはケイ石を集めた。ケイ石は耐久性が高く、コンクリートに重要な役割を果たす。 さらに、アラル海周辺の湿地帯で部下たちは粘土を採取した。湿原の中に広がる蒸気と植物の香りが漂い、生命の息吹を感じさせる。部下たちは丹精込めて粘土を採集し、その柔軟性と粘着力を利用してコンクリートの材料として活用することを想像した。 アドリアンの部下たちは自然の恩恵に感謝しながら、ウスチュルト台地とアラル海の地で採取作業を行った。彼らは過酷な環境に立ち向かいながらも、持ち帰ったセメントとコンクリートの材料を使って堅固な建造物を築くことに期待と興奮を抱いていた。 ★コンクリートの作り方 先ず、セメントと水を混ぜ合わせます。これを「セメントペースト」といい、これに砂を混ぜ合わせたものを「モルタル」、さらにモルタルに砂利を混ぜ合わせたものをコンクリートといいます。砂を細骨材、砂利を粗骨材といいます。 コンクリートは、セメントの中に含まれる化学物質と水とが化学反応して、セメント粒子間を相互に硬く結合する「セメント水和物」と呼ばれる岩石状の硬い物質がつくられるものです。 ですから、私たちは「コンクリートは乾いて固まる」と思いがちですが、実は「水分と結合して固まる」のです。 閑話休題(それはともかく)、エカチェリーナはヒヴァの宿屋でアドリアンと変わらぬ愛を誓った後はトグリ・テムルの元には帰らず、宿屋にそのまま留まっていた。アドリアンも定期的に宿屋を訪れ、エカチェリーナと密かに愛を育んでいた。何時までもエカチェリーナをヒヴァの宿屋に置いておくわけには行かない。 母のトクトゥからも「ヤンギケントの町にトグリ・テムルの部隊が集まっている。スブタイとクビライが投石機と火砲を焼き払ったから、残るは騎馬兵だけだ。でも人数が多いから少しでも減らすようにコンギラト部族に調停を頼みなさい」と連絡があった。 アドリアンはスブタイとクビライのふたりが命がけでやってくれたことに感謝した。ふたりのうちのどちらかひとりが母のトクトゥと出来たとしても已むを得ない。母を大事にしてくれればそれで良い。 1月18日木曜日午前10時……ヒヴァの市場 毛皮と蜂蜜(はちみつ)(ろう)、木タールなどを半分だけ売却し、金のインゴット100枚を得た。魚油を1トン購入した。大金貨10枚支払った。アドリアンはエカチェリーナの待つ宿屋へ向かった。 エカチェリーナに会い、お腹が目立ってきたので急遽(きゅうきょ)テレングト部族のところに避難させることにした。弟2人を付けて送らせた。あとの事は出産してから考えれば良い。 アドリアンもジェンド(jend)に向かった。ジェンドまで片道5日必要だ。すでに海岸で海砂とケイ石をそれぞれ120トン、粘土を100トン、砂利を100トン採取し、ラクダと馬車でジェンド(jend)まで運ばせてある。 ウスチユルト台地でも石灰石120トンと硫黄100トン及び石膏を100トン採取し、ラクダと馬車でジェンド(jend)まで運ばせてある。 1364年1月24日水曜日朝9時……冬営地ジェンド(jend) 父のミハイルが血相変えてやって来た。 トグリ・テムルがエカチェリーナを探している。アドリアンよ。お前のところにも来るぞ。まさか匿っているんじゃないだろうな。 心配するな。ここには居ないよ。 何処かに(かくま)っているということか。ここには連れて来るんじゃないぞ。 分かった。心配するな。なんとかする。 トグリ・テムルが兵隊を連れて捜索に来た。 おい若造。早くエカチェリーナを出せ。お前のところに居ると分かってるんだ。 俺は知らん。確証があるならバイ中を探したらどうだ。言っておくが俺たちの居場所はここだけじゃないぞ。キジルクム砂漠全域に散らばっているんだ。 トグリ・テムルは部下に命じてジェンド中のユルタを調べたが、エカチェリーナは居なかった。トグリ・テムルは諦めて引き揚げた。 アドリアンはトグリ・テムルの様子から何となくきな臭いものを感じた。お母さんの出身部族のコンギラトに頼ってクリルタイを開いて貰おう。 1月24日水曜日午後7時……冬営地ジェンド(jend) コンギラト部族とアドリアンのバイとでクリルタイを開いた。事情は分かっているようだ。 コンギラト部族の部族長コメリクがアドリアンに聞く。 エカチェリーナの居場所を知っているのか。本当のことを言え。 妊娠しているので、出産が終わるまでテレングト部族のところに預けた。子供には騎馬鷹狩猟を仕込むつもりだ。ほとぼりが冷めるまでエカチェリーナは預かって貰う。 コメリクはしばらく考えていたが、「ここに連れてこないのなら何とかしよう」と言ってくれた。 アドリアンは手間賃として金のインゴット100枚を支払った。 これでトグリ・テムルは小部隊しか出せない筈だ。攻めてくるのは分かっているのでバイの構成員総出で準備した。 バイのユルタを1ヶ所にまとめ、まわりを高さ5mの木の柵で覆い、木の柵が燃えないようにモルタルでふさいだ。 柵の足場の上に鉄製の盾を並べた。盾の間から弓矢で攻撃するのだ。物見櫓(ものみやぐら)を建てて1日3交代でまわりを見張った。小高い丘の上なので敵の動きは瞬時に一望できる。柵の10m、20m四方には鉄菱(てつびし)を撒いておいた。 1月27日土曜日朝5時……冬営地ジェンド(jend) 物見から報告があった。正面から敵が突進してきている。総勢3,000名の騎馬弓部隊だ。 射程距離30mまで近づくまで待った。遊撃隊を裏から回らせた。いよいよ射程距離内に敵が入った。(いしゆみ)部隊に総攻撃の司令を発した。ばたばたと倒れていくが敵の数が多すぎる。どんどん敵は突進してくる。 あわやと云うとき撒菱(まきびし)が役に立った。(ひずめ)に蹄鉄を付けていない馬は撒菱(まきびし)の痛みで大暴れして騎馬兵は半数以上落馬した。 2ヶ所の撒菱(まきびし)のおかげで敵の騎馬兵は400名に減った。上から容赦なく弓矢を浴びせて騎馬兵を討ち取った。残るは本営の400名だけである。遊撃隊が襲いかかり、アドリアン自慢の槍部隊も出撃した。トグリ・テムルとその息子2人を捕えた。アドリアンの兵は無傷であった。 直ちにコンギラト部族の長コメリクに知らせ、クリルタイを開いた。アドリアンの有利に交渉は進んだ。 アドリアンをスルタンとし、ジェンドの領有とエカチェリーナとの婚儀を認める。トグリ・テムルはアドリアンに対して賠償金として金のインゴット1,000枚を支払う。アドリアンは直ちに捕虜3人を解放する。 今回はここまでにいたしましょう。次回をお楽しみに。 ★セメントの製造過程 ①原料調合 各原料「石灰石……カルシウム、粘土……シリカ・アルミナ、鉄……鉄分」が一定割合で混ぜられ、それを乾燥して、原料粉砕機で細かく砕き、粉末にしてサイロに貯蔵されます。 ②クリンカ焼成 粉末となった原料をキルンと呼ばれる回転(かま)に入れ、キルンが回転して原料が窯内をゆっくり移動していきます。窯内温度は最高1450度Cに達し、これにより化学反応が行われて、セメントの元となる「クリンカ」という石状の鉱物ができます。 ③セメント粉砕 石状のクリンカと石膏を混ぜ合わせ、ミル(粉砕機)で粉末状に粉砕し、これでセメントができあがります。
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