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「王太子宮にですか?」 唐突に提案された叔母の言葉に、持っていたティーカップを落としかける。 目の前に座る叔母は、困ったようように微笑んで、話を続けた。 「それが、アランが士官学校をやめて帰ってくる事になったらしくてね」 憂鬱そうにため息を吐くと、私と同じハチミツ色の髪をそっと耳にかける。 その手には、きらりと比較的新しい銀の指輪が光っている。 彼女は後妻で、5年ほど前にこの家、ノードルフ侯爵であるラルフ・クラークに嫁いだのだ。 もともと彼女も別の男性と結婚していたのだが、早くに夫と死別しており、この家の主で同じように妻を早くに亡くしたノードルフ卿と再婚したのだ。 ラルフと前妻の間には、私より2つ年下の17歳と、8つ年下の11歳の男の子がいるのだが、今回問題なのは長男のアランのようだ。 どうやら士官学校に入ったのはいいが、厳しくて有名なあの学校の方針についていくことができず、急に医者に方向転換したいと言い出して、辞めてしまったらしい。 「折角あなたを、こちらに呼んで、穏やかになってきたのに」 あからさまに不満をこぼす叔母は心底残念そうにつぶやく。 無理もない。実の子供のいない彼女にとって私は唯一の親族で、しかも女。娘のように一緒に買い物に出かけたり茶をしたりすることができたのだ。 その私の代わりに戻ってくるのは、前妻の残した息子。関係は良好ではあるようだけど、それでもやはり気は使うらしい。 「あなたもここに残してほしいといったのだけど、ラルフは心配だっていうのよ!」 バンっとテーブルをたたく彼女は、相当に怒っているらしい。 それにうなずいて自嘲すると目を伏せる。 皆まで言わずとも分かっている。 結局、男性の考えることなんて、同じなのだ。 私が悪いわけではないのに。 怒りが冷めやらぬ様子の叔母が、しばらくブツブツと旦那の愚痴を言って、それにうなずいていると、そのうちどうやら彼女も本題を思い出した。 「丁度ね、王太子殿下が隣国のオルレアから妃殿下をお迎えするでしょう?なんでも今、その妃殿下の補佐を任せられる令嬢を探してるのだそうよ」 そういえば、そういう話もあったかと、ぼんやり思う。 なにかと目立ち、貴族のご令嬢たちのあこがれの的であった王太子殿下がついに結婚をなさるというニュースが国中を駆け巡ったのはつい数週間前だ。 「あなた、お義兄さまのお役目でオルレアにいたことがあるでしょう?お里と離れて寂しい妃殿下のお話相手になれるのじゃないかと思って」 家柄的には問題もないし、王都ならノードルフ家の別邸があるし、少数だけど使用人もいるからどうかしら。と提案されて思案する。 もともとここは叔母の嫁ぎ先で、いつまでも世話になるわけにはいかないと思っていたところだし、ちょうどいいのかもしれない。 「分かりました。あちらが私でいいというのであれば」 素直に頷くと、叔母はなんとも複雑な顔で微笑んで「分かったわ」と承知の意を示した。 確かに妃殿下のお傍に仕えるのも名誉ではあるのだが、このくらいの年齢の貴族のご令嬢はみな結婚適齢期だ。 これくらい訳ありな女でなければ手を挙げる者もいないだろう。
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