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「こちらが妃殿下のお部屋でございます。」 案内された部屋は、午前の柔らかい日が差し込む部屋で、私は努めて明るく感嘆の声を上げる 「日当たりもよくて素敵なお部屋ね」 「ありがとうございます。それでお嬢様には調度品や家具の配置など、異国の王女殿下の失礼にはあたらないかどうかを見ていただきたいのすが」 私の反応に少しホッとしたように、妃殿下付きの侍女となるユーリーンが言う。 分かっているわと頷いて、私は部屋の中をじっくりと見渡す。私自身妃殿下の故国オルレアにいたのは3年ほどだ。それほど調度品などに明るいわけではないのだが、それでも、準備は完璧のように思われる。 「随分お力を入れられているのね?」 感心して言うと、ユーリーンが笑う。 「それはもう王太子殿下が張り切っておられますから」 やはり噂は本当なのね。 感心しながら肯くと 「素敵な部屋になったね」 不意に背後から声をかけられて、ぴくりとする。 若い男性の声であることからして、私は背筋を伸ばした。 妃殿下のお部屋にノックなして入れるなんて一人に決まっている。 ゆっくり振り向い見れば、やはりそこには。 「これは、王太子殿下」 慌てて、身体を向けると、礼を取る。 頭を下げる際、ちらりとその後ろに控えるブラッドの姿を見とめ、さらに緊張が高まった。 「君が、ノードルフ侯爵のご推薦の?」 顔を上げるよう言われ、見上ると、殿下が、その美しいエメラルドのような瞳を細めていた。 輝くような金の髪に、切れ長の瞳に優しげな顔立ち、そして自らも戦場に立っておられたために、服の上からでもわかる、たくましい身体付き、噂通りの美男だ。 「はい、アリシア・コーネリーンと申します」 柔らかく微笑んで名乗ると、殿下はゆっくりと頷く。 「故エルドナ・コーネリーン 、ウェルシモンズ伯爵のお嬢さんだね。外交であちこちお父上についておられたとか」 私の素性をしっかりと記憶していたらしい。 この人がここに来た目的は、どうやら私に会うためだったらしいことに、ようやく気がついた。 本来ならこちらから伺うべき事で、調整をしてもらっている所だったのだが。 内心、焦りながら、なんでもないような顔をして、ふふふと笑う。 「短期の滞在の時だけですわ。兄が体が弱くて長く家を不在にできないものでしたから。唯一長く留まったのがオルレアでございましたので、このようなお役目をお任せいただけて大変光栄に思っております」 「きっと慣れない土地で文化も違う。なるべく寂しい思いをさせたくないのだ。」 異国から嫁ぐ妻を憂いてなのか、少し表情を曇らせた殿下の瞳が、しっかりと私を見る。 言外にお前の仕事は重大だぞというプレッシャーも含んだ言葉なのであろう。 この人、どうやら噂通りのただイケメンで人当たりの良い王子様ではないのね。 心の中で感心しながら、私は笑顔を崩さないよう努める。 「これほど行き届いた妃殿下へのお心尽くし、必ずや妃殿下にはお喜び頂けますでしょう。」 「女性の方に、そう言ってもらえるのはそれは心強いね」 涼しい笑みでどこか観察するように見ていた殿下が少し安堵したように息を吐いた。 眉目秀麗で文武に秀で、国内の多くの令嬢がこの人の正妻の座を狙っていたのだ。 どんな美姫たちのアピールにも靡かなかった彼が陥落したのが、この度嫁いでくる妃殿下だ。 隣国オルレア国の第4王女、セルナー王女。 数ヶ月前、かの国で行われた王太子の結婚式に我が国から父王の名代で訪問した際に、一目惚れをしたらしい。 運命的な出会いに、帰ってきてからの彼の行動は早かったという。 父王と議会に根回しをして、了解をさせると、すぐに隣国へ使者を出した。 隣国と我が国の国力は歴然。あちらにとってもこの上なく良い話で、さっさと話がまとまってしまった。 彼が隣国へ特使として行ってからわずか4ヶ月で、婚姻の運びとなった。 そしてその待ち遠しい王女の到着があと2日と迫っている。 彼がここまで力を入れているのも無理もない。 殿下がバルコニーに視線を移す。 朝から庭師が入り、賑やかにしている。 「この部屋から見渡せる場所に、美しい大きな花壇を作る予定でね。眺めながら彼女とお茶を楽しみたいなぁ」 すこし頬を赤らめながら、彼が見る今はただの赤茶けた土の山と穴ぼこだらけの場所は、、、。 昨日私が落ちかけた穴だわ、、、。 ブラッドのお蔭で初日から土を被った不甲斐ない姿を晒すことがなくって本当に良かった。 そんなことを考えていると無意識に彼に視線がいってしまって、バチリと目があってしまい、慌てて視線を外す。 ずっと見られていたのだろうか。 「とにかく、迎えの準備を万端にたのむよ。アリシア嬢にもしばらくは随分とお世話をおかけするから、きちんと休息もとってくださいね」 いつの間にかバルコニーから視線を外していた殿下が、私をはじめ、その場に控える侍女達に優しく声をかけて、護衛たちを引き連れて退出して行った。 ほぅっと息を吐く 「お疲れ様でございました。」 私の様子を見たユーリーンが労いの言葉をかけてくれる。 彼女は殿下が幼い頃から殿下の姉妹のお世話を任されていた立場から、王太子殿下には免疫があるらしい。 「お疲れになりましたでしょう?お部屋にお戻りになってお茶にしましょうか」 側に控えていたリラも気を使ってくれる。 きっと思いがけなく、王太子と会話をすることになってしまった事を気遣ってくれているのだろう。 苦笑する。 正直、外交官の娘として、母亡き後は父について、外国の王族と会話をする機会が多かった私にとっては、母国語での王族との会話なんて、なんのことは無いのだけど、 それよりも、ブラッドの視線が私を落ち着かなくさせた。 あの静かな金の輝きを秘めた切れ長の瞳で、じっと観察されるように見られていて、まるで肉食動物に睨まれる小動物の気分だった。 「そうね、部屋に戻りましょうか?」 小さく息を吐いて、リラを伴って退出する。 部屋に戻るともう一度ため息が漏れた。 なぜ今更、彼が私をあんな目でみるのだろう。 私たちの関係は数年前に終わっているはずなのに。 だってそれを望んだのは、、、。
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