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6
「え?王太子殿下が?」
あまりの突然のことに思わず眉を寄せて聞き返す。
「はい、妃殿下をお迎えするに当たってお庭や離宮などをアリシア様には把握をしていただきたいとのことで」
困ったように説明するリラに、私はまだ信じられず聞き返す。
だって、だって
「王太子殿下自ら?」
この国でも屈指の多忙であるはずの王太子が、妃の相談役であるだけの一介の伯爵家の娘を直々に案内をするなど。
「左様でございます」
「ありえないでしょう!」
わたしの言葉に、リラが困ったように笑う。
「昨今の殿下は、随分と張り切っておいでで、妃殿下のおつきであられるアリシア様にも良い印象でいてもらいたいのではないでしょうか?」
「良い印象もなにも、殿下は私の雇主みたいなものよ?」
私の言葉に、リラも「そうなのですが」とため息を吐きながら
「なんにせよ、殿下が張り切っておいでですので、お付き合いくださいませ」
暗に諦めろと言う事らしい。
まぁ、殿下直々の申し出を、断れるわけないのだけど。
また、ブラッドと顔を合わせるのかと、憂鬱になる。
そんな私の様子を、勘違いしたリラは
「妃殿下のお迎えの準備は我々が完璧に行いますから、ご安心くださいませ!」
と張り切った様子で言うのだ。
翌日もよく晴れた日だっだ。
きちんと身支度をして、歩ける靴を履いて待っていると、部屋をノックする音がする。
リラが迎えのため、戸口へ向かう。
「あら、エルドール大尉」
その言葉に胸がびくりと跳ね上がった。
ブラッド・エルドール。それが彼の名前だ。
「アリシア嬢のお迎えにあがりました」
彼は戸口に立つと、キリッと背筋を伸ばしている。私を認めると一糸乱れぬ騎士流の礼を取る。
記憶の中の彼は、まだ今より背も低く、ひょろひょろと細かったはずなのに、随分と背が伸びて身体もがっしりとしたのだなぁ。とその姿を見ながらぼんやり考える。
立ち上がりゆっくり近づくと、彼の瞳が私をしっかりと見つめるのが分かった。
良かった。昨日のような差し込む様な視線ではない。
部屋を出ると、ブラッドに誘われて、階下に降り、中庭に面した回廊に出る。
前を歩く彼の広い背中を不思議な気持ちでぼんやり見ていると、不意に彼がこちらを振り返ったので、少し慌てた。
びっくりしながら見上げた彼は、どこか困ったような心細いような、何やら落ち着かない様子で、私は息を詰めて彼の言葉を待った。
「その、すまないのだが。殿下は急に公務ができてしまい、来られなくなってしまったんだ」
彼の口から出た言葉に、私は唖然とする。
「え??」
そんな私の反応に、彼はさらに言い辛そうな顔をして。
「かわりに俺がアリシア嬢をご案内するように殿下から言い付かっているのだが」
「えぇ!?」
つまり2人きりということか!なぜ侍女でなく騎士の彼が!?
色々突っ込みたいところがありすぎて、私は間抜けにも口をパクパクさせるしか出来なかった。
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