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「無理にとは言わない。もし俺が嫌なら信用の置ける同僚に代わってもらうが」 気遣わし気に言われて、私は慌てて首を振る。 「とんでもない!大丈夫よ!」 本来殿下付きの騎士を付けてもらうなど、それでも恐れ多いのに。人を変えてほしいなどと厚かましい事を言えるわけがない。 頭の中は混乱状態だけど、知らない男性と2人きりよりは、まだブラッドの方が安心だ。 リラを連れてくればよかったと思いながら、しかし彼女にもやる事はあるのだと思い直す。 私の返答を聞いて、少しホッとしたようにブラッドが緊張を解いて頬を緩めた。 あぁ、この顔。 彼の癖だ、昔から目つきが悪い、表情が怖いなどと、皆からからかわれていた彼だが、この顔をした時は、少し嬉しい時なのだ。 こんなにたくましい大人の男性になっても、子供の頃から変わらないその癖に、なんだか私も少し肩の力が抜けてクスリと笑う。 しかし、それを見た彼の顔が、また少し緊張したように固くなると、ふいっと顔を逸らして庭の方を見る。 「こちらです」 と歩き出す。 何か気に障る事でもした? 不思議に思いながらもその後ろを慌ててついて行く。 「ありゃ~だいぶ固いなあいつ」 庭を歩いて行く2人の男女の姿を窓から見下ろしながら、ヴィンセント・ラッシュバルト通称ヴィンはため息を吐く。 「女性のエスコートがまるでなってないな!あいつほんとに伯爵家出身の男なのか?」 その横で呆れたように見下ろすのはこの国の王太子、ラドルフ・ジェームス・アンダート・トラネスト 「せっかく私がお膳立てしてやったのに、無碍にするとは、とんだ不敬なやつだな」 「いや、殿下なかなか強引でしたからね。なんの覚悟もできてない子ライオンを崖から落としたようなものですよ」 「それが親心と言うものだよヴィンセント君!」 「いや、あんた親じゃないし」 窓辺でわちゃわちゃしている男2人を見ながら、王太子付きの事務官エドガー・トレイズはため息を吐く。 「どんなカッコいいこと言っても、貴方方はただ野次馬したかっただけでしょうに。殿下、昨日言いつけられた調査の報告書がきましたよ」 そう言って机の上に、おおよそ一国の王太子に渡すとは思えないほど雑に放り投げる。 「きたか!」 そんな事を気にも止めず、王太子は張り付いていた窓辺から、いそいそと戻ってきてその紙に食らいつく。 「ふーん随分優秀な御令嬢とは思っていたけど、なかなか、彼女も苦労してるんだね」 そう言って、興味深々に近寄ってきたヴィンにもその報告書を手渡す。 「なんだか、複雑そうですね。まぁ婚約破棄の感じからあんまりいいイメージは無かったですけど」 そう言って窓の外を見る。 2人の姿は庭を横切って木立の中へ消えて行く所だった。 中庭を通り過ぎて木立の中の細い道を歩く。 歩きやすい靴とはいえ、騎士である彼の歩く速さについて行くのはなかなか大変だ。 うーん、これはまずいかも。 ついに足が痛くなり始めてきた。この広大な宮殿の庭は、あとどのくらいあるのだろうか。 果てしなく広がる景色に、気が遠くなる。 「まっまって!」 たまらず声をかけると、はっとしたように彼が振り返る。 こんなスピードで歩いていて、なぜ彼は息ひとつ乱れてないのかと、辟易する。 「もう少しゆっくり、お願い」 肩で息をしながら見上げると、たちまち彼の表情が、しまったと焦りに変わるのがわかった。 「すまない!そうだな!」 慌てて駆け寄ってきて、私の足元を見とめて膝をつく。 「痛むのか!?」 すぐに彼が足元を確認したことに、不意に泣きそうになる。 その顔を、彼は痛いのだと勘違いしたのか、慌てて当たりを見渡すと、少し先にしつらえてある長椅子に私を誘導する。 「靴を脱がせるぞ」 私を腰掛けさせると、彼は地面に膝をついて、私の靴を手際良く脱がしにかかろうとするので、そこで私は慌てて声を上げる。 「ち、ちがうの!?足は大丈夫よ!ただちょっと疲れただけ!」 昔ならまだしも、妙齢の貴族の女子が男性に靴を脱がされるなど、あっていい事ではない。 「す、すまん!」 彼もそれに気付いてハッとしたらしい、慌て離れる。 ほっと安心すると、次に笑みが漏れた。 急に笑い出した私に彼が怪訝そうにこちらを見てくる。 「懐かしいわね。昔もこんな事があったわね」 私の言葉にどこか気まずそうな彼は、少し拗ねたようにそっぽを向いた。 「あの時は、お前が履き慣れない靴で怪我をしたからつい」 「そうだったわね。だけど私ももう19よ。靴くらい予定に合わせてきちんと選べるわ」 クスクスと笑うと、彼がこちらを見て、そしてやはり少しだけ口元を緩めた。 そう、あれは彼が士官学校に行く少し前だっただろうか。私は彼や彼の兄達とピクニックに出かけるのに、どうしても買ったばかりの大人っぽいヒールの靴が履きたくて、無理をして履いて行ったのだ。 案の定、途中で痛くなったけど、どうしても背伸びをしたかった私はずっと我慢をしていたのだ。 ブラッドが気付いてくれた時には、随分皮膚もめくれて、血も滲んでいた。 それでも私は彼に子供扱いされたくなくて意地を張って、自分で歩くと泣いたのだ。 そんな私に彼は、困りながらも頭を撫でてくれてじゃあ、今度はその靴を履いて2人きりで街にいこうと誘ってくたのだ。 このまま歩くと靴が汚れるからと私を背負って帰ってくれた。 今思うと、子供だからこそ彼にまんまと言いくるめられたのだが、大人になるにつれて、彼の優しさと温かさがよくわかる出来事だった。ゆえにここまで私の記憶には鮮明に残っていたのだが。 まさか彼も覚えてくれているなんて。 「そうだな、すまない」 そう言って、じっとこちらを見上る彼と、間近で目が合い 昔に増して、さらに強い輝きを増した、切れ長の茶金の瞳に見つめられ、どきりとする。 ダメ! どこかにいるもう1人の私が叫んでいる。 貴方は彼に優しくされる資格はないのよ、と。 「もう大丈夫!さぁいきましょう!どうせまだまだお庭は広いんでしょ?」 逃げるように慌てて立ち上がり彼を見る。 「あ、あぁ、、、」 私の急な動きに、驚きながらも、彼は私に倣って立ち上がる。 そして今度は私の歩調に合わせて、ゆっくり歩いてくれた。
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