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馬車が自邸の敷地を出た。 あと数分で妃殿下の元にたどり着けるであろう。おそらくまだ会も始まっていないはずだ。本当になんとかなって良かった。 足元の靴を見て、こちらも大丈夫だと微笑む。 図らずも、夫と顔を合わせられて良かった。 馬車は大通りに向かう路地を進んでいく。 ガタンと、一度馬車が大きく揺れてそして止まった。 渋滞だろうか。 こんな小さな路地で珍しい。そう思って身を乗り出すと、どうやら他の馬車が横の路地から出てきたらしい。 「わ!何するんだ!」 「やめろ!!」 同時に前の御者の席から、御者二人の叫び声が聞こえてきた。 途端にひやりと背筋が冷たくなった。 まずい事が起きている。 ふと先程の夫の言葉を思い出す。 王家の紋章を掲げた馬車と知って襲って来るものなど、そうそういない筈だ。 それでも襲ってくる者がいるとすれば、それは何かしらの明確な目的を持つ者で、、、 王族の誘拐もしくは暗殺目的だ。 御者席で揉み合っているのかガタガタと何かがぶつかり合う音がする。 彼等はきっと私を逃す事を考えているだろう。今逃げ出すべきだろうか? そう思って、もう一度外を窺う。 そこで目に入ってきた大柄な人物を見て、一気に身体中の血液が逆流するような感覚に陥った。 ドクドクと胸がうるさく騒ぎ出す。 「お嬢様!お逃げ下さい!」 その時、御者席から御者の一人が声を上げた。 時を同じくしてガチャリと馬車の扉が開いた。 「よぉアーシャ、久しぶりだなぁ」 赤毛の男が扉から一気に中に滑り込んで来た。 「ト、、ラン」 息苦しさを覚えはじめた口から出た言葉は、かすれていた。 反射的に距離を取ろうとするが、すぐに壁にぶつかってしまう。 「トラン様」 カチリと音がして御者席との窓が開く。そこにいたのは先程見た大男、、、ブレイデンだ。 「済んだか?出せ!行き先は分かっているな?」 「承知しました」 トランの言葉にブレイデンが答えると、カチリと窓が閉まり、馬車が動き出した。 「待て!」 「アリシア様!」 後方から御者の叫び声が聞こえた。 彼等はどうやら置き去りにされるらしい。 「どこへ、行くの?」 低く唸るようにトランを睨みつける。 そんな私の様子を見た彼は、へぇっとおかしそうに口角を上げた。 「ちょっと見ねぇ間に随分と生意気な口利くようになったじゃねぇか」 「私には関わらないって、奥様に手紙まで渡して寄越したくせに」 低く言えば彼はぱちぱちと瞬く。 「はっ?知らねぇよそんなの。母さんが勝手にした事じゃねぇの?それよりもさぁ」 そう言って私の腕を引く。 顔が近づけられて、背筋がざわりと騒いだ。 「ちょっと見ねぇ間に随分とキレイになったなぁ。人妻になって男を覚えたせいか?俺の見込みは正しかったってことか」 「やめて!」 振り解いて、掴まれていた腕を庇う。 「目的は何?お金には困ってないのでしょう?」 私の言葉にかれはククッと喉を鳴らした。 「その気の強そうな目、懐かしいな。俺に押さえつけられて従順になったお前もなかなかいい顔をしてたけど、やっぱりその目を屈服させるのがたまらねぇなぁ」 「質問に答えて」 私の追求に彼が眉をピクリと動かした 「口の利き方に気を付けろ、お兄さまだぞ」 「あなたを兄と思ったことなんてないわ」 「ははっ、奇遇だな、それは俺もだよ」 そう言って、トランはこちらに移動してくる。 私は壁に阻まれて、それ以上は動けない。 「迎えに来たんだよ。お前を。今度こそお前の全てを可愛がってやるよ」 少し酒の残った男の香りが私に過去を思い起こさせた。
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