第一章 one-step

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第三話 怒りと勇気と〈静香〉 あれからライブの準備は着々と進み、残すところあと数日になった。 先輩方と晶くんが喧嘩したりとかいろいろあったりもしたけど……。 鈴華さんや羽田さんのスーパーフォロー及び湊斗くんの必死の説得で事なきを得た。 私はといえば、一人オドオドとしているだけ。情けない。 鏡を見て、深呼吸をする。 「葉山さん、時間です」 スタッフさんの声に私は気持ちを切り替え、キリッとした顔になる。 「はい、今行きます」 私は、アイドルグループone-stepの葉山静香なのだから。 ーー 撮影は順調だった。 相変わらずドラマでヒロインのライバル役な私は勉強した悪役学(?)をフル活用し、なんとか最後までやりきることに成功。 鈴華さんもOKサインも出してくれた。 「お疲れ様でした」 「葉山静香さん」 楽屋に戻ろうとしていると、誰かに声をかけられた。 振り返れば、それがヒロイン役の望月麗さんだとわかった。 小さい顔に白い肌。黒髪はロングヘアで正統派ヒロインのような美少女だ。 子役の頃から人気なのだと前に鈴華さんが教えてくれた。 確か、同い年だったはず。 「望月さん、どうしましたか?」 「こっち来てもらってもいいかな?話したいことがあるんだけど」 どうしよう、ボロ出しちゃいそう……。 でも、断るのも感じ悪いよね。 迷っていると、情けない私が頭の中に浮かんだ。 グッと拳に力を入れる。 私は変わろうとしてるんだから、こんなので怯んでたらきっといつまでたっても変われない。 「わかりました」 こうやって少しずつ変わっていかなくちゃ。 望月さんについて行くと、誰もいない廊下で立ち止まった。 「……ねえ、」 その声はひどく冷たかった。 一言だけなのにゾッとするような圧がある。 晶くんが何かした時に叱りつけてる湊斗くんのような鋭い目をしているのだ。 怖い。 望月さんは穏やかでフワッとした感じだと思ってたけど……今は少し、いや、かなり違う。 「アナタ、桜崎さんの事務所なんでしょう?羽田将乃とか伊達達也とかがいる」 「そうですけど」 このお二人は事務所で一番お世話になってる先輩方だ。 鈴華さんにとりあえずコイツらと知り合いになっとけば得だからと入所そうそう挨拶に行った記憶がある。 「いいよね。あの事務所でデビューしたら絶対ヒットするって噂になってるもん」 鋭い目の奥にドロッとしたものがある気がして逃げたくなってしまう。 でも、次の一言で私の頭は真っ白になった。 「大して努力もしてない顔だけのクセに。アンタもだけど言ってみれば他二人も同じじゃない」 グツグツと煮えたぎるような怒りがあがってきた。 私が何か言われるのはしょうがない。 オドオドしてて役立たずだし。 でも、別に努力してないわけじゃない。 事務所に入ってから毎日毎日どうにか必死でやってきた。 ダンスも歌も周りよりも全然ダメで。 それでもどうにかやってきた。 努力してないと片付けられる筋合いはない。 何より、メンバーの二人を侮辱されたのが悔しかった。 いろんな人に協力してもらいながらやってきたのに。 勝手に、 「勝手に決めつけないでください」 声が震える。 面と向かって言われてこんなことしかできない。 他の人たちならもっと上手くかわしたりできたかもしれない。 でも、私にはこれが精一杯だった。 きっとまた何か言われる。 その時だ。 「静香?」 廊下に声が響く。 その人物に望月さんの顔が歪んだ。 「は、羽田将乃……さん」 現れたのは羽田さんだった。 いつもは後ろに撫で付けている髪を無造作におろしている。 「し、失礼します」 望月さんはそれだけ言うとスタスタと行ってしまった。 ポカンとしていれば羽田さんが心配そうにこちらにやってきた。 「大丈夫か?鈴華がいたと思うが、一緒じゃないのか?」 「私が一人で望月さんに言われて来たので……」 羽田さんはため息をつきながら「望月麗……アバズレ女の妹か」とつぶやいた。 アバズレ女?の妹? わけがわからずにいると、鈴華さんも慌てた様子でやって来た。 「ごめんね、静香ちゃん。将乃も撮影前にありがとう」 「いや、それより今のは」 「……あの人の妹。寿退社して見なくなったと思ったら今度は姉似の妹よ」 毒々しく言い放つ鈴華さんに羽田さんは顔を歪める。 「お前、大丈夫か?」 「ああ、私は大丈夫」 笑みを浮かべる鈴華さんに羽田さんは安堵の表情になる。 「じゃあ、行くから」 「わかった」 羽田さんに小さくお辞儀をすれば、ニコリと微笑まれた。 このくらい余裕が私にもあったらな……。 「静香ちゃん、殴られたりとかしてない?」 「殴……!?されてません!ちょっといろいろ言われたりはしたけど」 「悪口ってことね。そうやってやるあたりがねぇ」 殴られるって……。 望月さんってそんなに怖い人なの!? 衝撃を受けていると、鈴華さんが「戻りましょうか」と言った。 「は、はい」 私は慌てて鈴華さんの後について行った。
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