第一章 one-step

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番外編 過去と心配事〈鈴華〉 「はあ、面倒な事になったかもしれない」 事務所のすぐ下にある居酒屋。 店主の人がよく、ほとんどが常連客のため知り合い感覚で事務所の人間は結構ここに入り浸っている。 かくいう私もその一人であり、幼い頃に先輩が唐揚げやフライドポテトを頼んでくれて昼食を食べたりしていた。 今は成人して仲のいい友人と飲み会したりしている。一人でも来るけど。 「だろうな、顔が青白い」 「俺もお前のせいで撮影前に顔が青白くなりそうだよ」 四人卓の二人分を陣取っている男、伊達達也の言葉に隣に座っている羽田将乃の目が据わる。 Prolog、それがこの二人のグループ名だ。 コイツらは私の元同期にあたる。 忙しいはずなのに絶対週一で三人で飲んでるのだが、コイツらは忙しくないのだろうかと錯覚しそうになる。 「望月美珠の妹ってあの前に同じダンススクールの子イジメてた事件の主犯じゃん」 私が頭を抱えると達也の顔が険しくなった。 「は?あのアバズレ女か?」 「そうだよ、あのアバズレだ」 「二人揃ってアバズレ言わないの」 クリームソーダを飲んでふうっと息を着く。 「珍しいな。いつもはザルだからと酒を飲みまくっているというのに」 「別に毎日飲んでるわけじゃないんだけど。週一よ?」 別に二日酔いとかはしないし、ザルなのだがクリームソーダもたまにはいい。 ポテトサラダともつ煮、イカの塩辛……などおつまみというより最早主食の勢いでいく達也に笑みがもれる。 「鈴華はどうする?」 「いつものもつ煮と焼き鳥で」 注文をしてバニラアイスを口に入れる。 この店は十年以上も前から変わらないが私はかなり変わったと思う。 私は過去に思いを馳せた。 ーー 私の兄は元アイドルの俳優だ。 十歳も年が離れている兄は私が小一の時に高校生ながらに漫画が原作の恋愛映画で主役をつとめ、アイドルとしても華々しいデビューを果たした。 兄に容姿が似ていた私は調子にのった両親によって今もお世話になっている桜崎さんの事務所に小一で入所。 子役としてデビューした。 当時、兄の妹だということは隠していた。 理由は簡単で、兄が私を嫌っていたからだ。 兄は少し幼い人で両親が私にばかり構ってるだとか、調子にのってるだとか、そんな理由で私を殴ったりするような人だった。 そのうえに幼い頃から芸能界に入れられ、兄は心が壊れてしまい、私にばかり当たっていた。 それは私が事務所に入所した日を境にバレてしまったけれど。 両親は兄と私を別々にすることを提案し、私は叔父の元で暮らすことになった。 兄もそうだが、小一の私を叔父に預けるとか両親もどうなっているのだろうか。 叔父はまだ若く、彼もまた芸能人で俳優として活動している。 叔父の元で安定した暮らしを始めて気づけば私は高校生になってアイドルとしてのデビューも控えていた。 その間、兄と会うことはほとんどなくなんなら両親ともほとんど会っていなかった。 ちなみにその時のメンバーが達也と将乃だ。 二人とは仲が良くて達也と将乃はよく喧嘩してたけど喧嘩するほど仲が良いってやつだろう。 まあ、殆どは達也が仕事に遅刻とかして将乃がキレるみたいなやつだったけど。 ただ、私はデビューすることが出来なかった。 それはライブの練習で舞台にいた時のことだった。 不幸なことにそこには兄と兄のグループのメンバーもいて。 兄のグループのメンバーは苦手だった。 特に一人の女性はいつも睨んでくるのだ。 私が避けるように舞台のギリギリのところまで行った時だった。 誰かに、後ろから突き落とされた。 咄嗟の出来事に反応出来なかった私は打ちどころ悪く頭を打ち意識不明の重体となって病院に運ばれた。 そして、目が覚めたのは数日後のことだった。 ーー 「おい、鈴華」 「やめとけ、寝てる」 スヤスヤと寝息をたてる鈴華に俺、羽田将乃は上着をかける。 達也はハイボールを飲みながら、ヤレヤレと言わんばかりの顔をした。 「顔も実力も人望もあるのにコイツは運にだけ恵まれてないな」 その言葉で思い出させられるのは六年ほど前の出来事だった。 舞台から突き落とされた鈴華は意識不明の重体となり、数日間目を覚まさなかった。 その突き落としたのが、望月美珠だ。 この女は頭がおかしいのか、自分はやっていないの一点張りで何故か指示したのは鈴華の兄だったことも判明した。 目を覚ましてからも心が壊れてしまったのか鈴華はとてもじゃないがデビューなんか出来るような様子じゃなく、俺と達也でデビューした。 鈴華の事情はきいていた。 実際は鈴華本人が考えているよりもずっと大事だったらしい。 まあ、大人気アイドルが十歳年下の妹に暴行なんて表に出たら問題になるだろう。 「でも、鈴華とは小学生の時から仕事一緒にやってたけどさ。表に出てた時よりも生き生きしてるなって思うんだよ」 「不幸中の幸い、なのか?」 達也が微妙な顔でつぶやく。 「本人は突き落とされたことも芸能界の表舞台から退いたことも大して気にしてないんだよな。俺らが気を使っても気に止めてないし」 「お前が鈴華に尽くしてる図はゆか……ゴホン、同情したな」 「今愉快って言おうとしただろ」 「……ハハッ」 なぜコイツが笑いだしたかは分からない。 ただ、俺と達也は顔を見合わせて笑った。
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