第一章 one-step

5/11
4人が本棚に入れています
本棚に追加
/11ページ
第四話 きっかけは決意で〈湊斗〉 この春から高校生になり、暫くたった。 高校は、お世話になった人の勧めで芸能科のあるところに入学。 まあ、当たり障りがないといえばない生活を送っている。 高校の近くにあるビルに入れば、受付にいた女性が少し驚いた顔になるのが見えた。 「湊斗、本当に来たのね」 「お久しぶりです」 そこにいたのは数年前にお世話になった月待鈴華さんだ。 容姿は少し大人っぽくなっていたがあの頃と同じく華がある。 今からでも女優か何か目指してもいけるだろう。 「社長室よね。部屋の位置はかわってないんだけど、覚えてる?」 「覚えてます」 そう返事をすれば、鈴華さんはニコリと笑った。 「じゃあ、頑張って」 頑張って。 その言葉で鈴華さんがどこまでこの話を知っているかがわかった。 「あ、あの」 「どうしたの?」 戻ろうとする鈴華さんを呼び止めて、深く頭を下げる。 これが自分なりの誠心誠意の気持ちだ。 「あの人が、すみませんでした」 そんな俺を見て鈴華さんは困ったように微笑んでいた。 ーー 俺はもともと子役だった。 父も兄も芸能人で俺も当然のようにこの世界に入った。 ただ、演技の才能というものが俺にはなく、「歳の割にはよくできてる」レベル。 兄のような圧倒的な才能がなかった。 そんな俺に父も母も呆れ返り「恥じ掻かせ」「出来損ない」と罵倒する。 家に帰っても居場所はなく兄も冷えた視線でチラリとこちらを見るのみ。 気づけば俺は家に帰らず事務所の一室に居候するようになっていた。 その頃だろうか。 社長である桜崎さんは俺にピアノやバイオリンのような楽器を勧めてきた。 親切にしてくれている桜崎さんの提案を無下には出来ない。 そう思いしょうがなくやっていたそれが気づけば心の支えになっていた。 どうやら俺には演技の才能はないが音楽の才能はあったらしい。 美しい音色はいつまでだって奏でていられた。 周りは俺が楽器を演奏すれば手放しで褒めてくれる。 それがしょうがなく嬉しかった。 「湊斗、歌にも興味ある?」 琉華さん、鈴華さんの叔父にあたる人に声をかけられ、俺は歌もやり始めた。 先生からは「音楽の才能がある」と言われ、小学五年生になる頃には「神童」「天才少年」と言われるようになった。 ピアノを教えてくれてていた羽田先生の息子である将乃さんや仲のいい鈴華さん、達也さんにも教えてもらってその頃の俺はとても満たされていた。 しかし、兄のグループの女が事件を起こした。 後輩を舞台の上から突き落としたらしく、止められる距離にいた兄は突き落とすことを知っていて止めなかった。 後輩の友人が激怒し、女は不気味に笑ってその場は騒然。 詳しいことはその場にいた達也さんに何度も頼み込んで教えてもらった。 兄はもちろん、他の人たちもとても聞けるような雰囲気ではなく、まだマシなほうだった達也さんにきいた訳だが、達也さんだってかなり気分が悪そうだった訳で。 今更ながら申し訳ないと思っている。 いろいろあって事件は表では有耶無耶にし、詳しいことは俺もよく知らない。 兄のグループは解散し、いろいろな憶測がとんだ。 人気絶頂のなかでの解散。 騒ぎにならないわけがない。 その後女がどうなったのか俺は知らない。 兄は、いや、あの人は……。 遠くに行ってしまった。 どうでもいいが。 そして俺は、数年ぶりに事務所に足を踏み入れた。
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!