作品No.4 奥ゆかしい男女

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「そうか、返事を持ってきてくれたんだね」  あの後、トワたちは返事の手紙を持って速やかに左の国に戻ってきた。返事を受け取った男は心底うれしそうに手紙をながめている。 「はぁ、それを持ってくるのには苦労しましたよ。クソ、なんで街なかを歩くだけなのにコソコソしなきゃならないんだ」 「ああ、国民に捕まったんだね……」  ふたりの身に降り掛かった災難に心当たりしかないのか、男は苦笑いをした。 「左の国と右の国は何かと競ってるからね。建物にはもう気づいたかな。同じような建物を造ってはやれこちらの方が綺麗だとか、寸法が正確だとか……」  全く、くだらないよと肩をすくめた男に、グリムは男自身は国民と同じ考えではないのかと疑問に思った。男の物言いが心底呆れていたからだ。 「おにーさんはさ、他の人みたいに『自分の住んでる国のが上だ!』とか思わないの?」 「おれは生まれが別の国で、此処へは数年のうちに移住してきたんだよ。だから、この国の人達の価値観は正直、いまでもよく分からないんだ」  ふたりとも、隣の国の民達の隣国に対する執念の片鱗を思い出し、なるほどと頷いた。国民といっても元は外の人。たった数年であの様な愛国心など育つ訳がない。 「どうして左の国だったの?」 「はは、これはあんまり口にしちゃあいけない事なんだけどね」  男は周りをキョロキョロ見回して、ふたりに小声で言った。 「実は枝を地面に立てて、倒れた先にある方の国を選んだんだ」 「あははァ!」 「そりゃあいい方法ですねぇ!」  なにか異様に面白かったので、トワとグリムは手を叩いてゲラゲラ笑った。 「門がさ、もう全く同じなんだ。ほかの人に聞いてみたら『全然違う!』って怒られて……でも全く同じにしか見えないんだ」 「そういえば色も形も同じでしたね」 「だろ? だから聞いたんだよ。どこが違うのかって。そしたら『隣国はレンガに家畜の餌用の藁を混ぜてるが、うちは敷き藁を使ってるんだ!』って怒鳴られた」 「結局どっちも藁!!」  餌用も敷く用ももとを辿れば藁である。いったいなにが違うというのか。  阿呆らしさは過ぎれば、一周回って面白くなってしまう。ふたりは先程から引き笑いが止まらず、ソファーをばんばん叩いていた。 「もうほんとう、うんざりしてしまってね。一時期は左右どっちも同じなんだって突きつけてやる為に、隣国に侵入しては同じ箇所を調べていたものさ」 「すげー行動力」  遠くを見る男はどこか草臥れた面持ちをしていた。育児疲れした主婦か、帰宅ラッシュで揉まれたリーマンの顔みたいだった。 「それで、結局突きつけたんですか?」 「いや、途中で中断してしまったよ」 「えー、せっかくスパイみたいに隣国忍び込んでたのにー?」 「その調べものの最中に出会ってしまったんだよ。彼女にね」  草臥れた顔は一瞬で愛しい者を想う顔に変化した。色に例えたらピンク。いきなりおピンクになるから、先程までゲラゲラ笑っていたトワとグリムはスンッと表情をそげ落とした。 「とても綺麗な人だった。一瞬で目を奪われたよ。庭先で花に水をやっていたところを偶然見かけてね。花々に囲まれるその姿はさながら花の妖精、いいや花を司る女神!!」  男はペラペラと早口で女を称える。その姿はさながら推しを語るオタクくん。  君たちもそう思っただろう!? なんて言われりゃトワは知らんわ、としか言えなかった。本当に何にも知らないし、男が何になにを思おうがどうでもいいのだ。だって、男にも女にもが興味ないから。古今東西、トワが興味を示すものは魔法や魔術。あと最近はグリムの胴の長さがちょっと気になるくらいだった。 「ちょっと、聞いてるかい!?」 「(聞いてますよ)チッ、面倒くさいな」 「トワちゃん、逆、逆」  もう他人のおピンクはうんざりだ。話しは終わりにして、目当ての物を頂戴しようと手を差し出した。男は差し出された手を見てにこりと笑うのでトワもにこりと笑い返した。 「返事を届けてくれるんだね!」 「は? 違いますが??」 「待っててくれ。すぐ持ってくるから!」 「あ、ちょ、待ちなさい!!」  男はバビュンッと素早く部屋の奥に引っ込んでいく。暫くぽかんとしたあと、あんにゃろう、やりやがったとトワは地団駄踏んだ。(たばか)られた!  男は差し出された手の意味を正しく理解していた。理解していて手紙の返事を書きに行った。ようは早いもん勝ち、やったもん勝ち、言ったもん勝ちである。トワは速さで遅れを取ってしまったのだ。コーナーで差をつけられちまったら、もう差は埋まらない。つまり、男の要望を聞くほかは無い。 「あ"〜! 面倒くさいな本ッ当に!!」 「人様のお家で地団駄踏まないの。家がちょっと揺れてるよ」 「ボクが重いとでも!?」 「あ、あ、振り回さないで〜〜」  きゃあと嬉しそうに声を上げるグリムは、トワが手を滑らせ、満面の笑みで部屋に入ってきた男のラブレターに飛んでった。その拍子にラブレターが破れ、書き直しか行われたのは閑話休題。
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