作品No.2 石膏に恋する男

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 薔薇の香りで満たされたどこかの庭。女の子は薔薇のアーチをくぐる。  アーチを抜け、美しく整備されたそこには一人、男の子が立っていた。  女の子は顔を喜色いっぱいにして駆け寄り、男の子の腕に抱きつく。 「王子様!!」  女の子は顔を上げ、自らが王子様と呼んだ男の子を見た。そして女の子は固まる。  男の子は女の子を蔑みの目で見ていた。  ゆっくり口を開いて……。 (やだやだやだやだ、聞きたくない!!) 「離れろ、"魔力損ない"が」  ぱちり、トワは目を開けた。目の前には何かの木と、木の葉っぱの隙間から見えるお空。彼女はお空きれい……と思いながら目を閉じた。 「……は?」  閉じた目はしかし、すぐに見開かれる。現代のプリクラ機もびっくりな目の大きさだった。 (なんだあの夢、ふざけてるのか!? あの内容じゃまるでボクがまだあの馬鹿を好きで、魔力損ないと言われたことを未だ引きずってるみたいじゃないか!!)  トワはキレた。  頭を抱え、足をばたつかせる。王子殿下の態度と言葉にいつまでも女々しく傷付いている自分が認められないのだ。 「うに"あああああああああああッ!!」 「トワちゃんは朝から元気ねぇ」 「うわっ!?」  声はすぐ横。いつの間にかグリムが絵画から上半身を出し、トワを眺めていた。 「い、いつから見てたんですか」 「足バタつかせて奇声あげ始めたと・こ・ろ」  グリムは顎下にダルダルに伸びた袖を持ってきてぶりっ子ポーズをとった。それを見て彼女はグリムの白衣をひっつかむ。 「一言くらい声をかけてください!」 「えー、なに今更恥ずかしがってんのさ」  グリムはトワがほんのちんちくりんだった頃から見守っていたので、今更彼女が奇声をあげたところで何も気にしなかった。言い換えれば、グリムの中でトワはよく奇声をあげる変な娘だった。 「そんなことより、初めての野宿はよく眠れたかな。だったおじょーさま?」 「っ、ええ、そりゃあ、ぐっすりと……」  トワはグリムの放った"箱入り娘"というワードに過剰に反応する。この男は甘く見えて、どうもこちらをボンボンの娘と(あなど)っているようにトワは思えた。それと、なんとなく昨日よりも冷たい印象を受ける。 「アナタ、ボクを侮ってませんか?」 「え〜? そんな事ないよ?」  今のグリムはあの時―――トワが旅の事を聞いたときと同じ顔をする、 「俺は君を弟子にするって言ったけど、それはまだ仮。正直な話、俺はトワちゃんみたいな使ちんちくりんは旅の途中ですぐリタイアすると思ってる」 「は? また、魔法ですか……?」  トワは思考が真っさらになった。まさかグリムまでこんな事を言ってくるとは思わなかったのだ。  トワは一方的とはいえ、グリムとは小さな頃から大切な友達だと思っていた。話をしたのはつい最近でも、少なくとも家族よりは信頼を寄せている。  その彼から家族や王子殿下が言うような言葉が出てくるなんて、これっぽっちも思わなかったのである。 「は、ははは……アナタまでボクにそんな事を言うんですか? あいつらみたいな事を……?」 「うん、言うよ? じっさい魔法が使えないと生存確率は下がるよね。しかも旅のノウハウも知らない小娘がいきなり外に出るなんて、それなんて自殺行為?」  グリムの言葉にトワは更にショックを受けた。今にも涙が溢れそうになる。 (じゃあ、どうしろっていうんだ)  国に戻ったところで処刑されるのがオチ。どんなに頑張ったって魔法が使えるようになる訳じゃない。魔法が使えなきゃ雇ってくれる場所なんて無い。彼女にはどうしたって居場所が無かった。その事実を、信じていた友に突きつけられた。 「あれ、もしかして泣いちゃう? きつい事言いすぎちゃったぁ?」  へらへらとトワを見つめるグリムからは悪気も罪悪感も感じない。ただ事実を述べているだけ。トワは泣きそうになるが、今とても悔しいので歯を食いしばって耐えた。 「な、泣がない"!!」 「おっ」  誰がどう見ても泣く寸前のトワはグリムを睨んだ。額縁を両手でしっかり持って、目を逸らさないように。 「ボクは魔法が使えるようになりたい。アナタは願いを叶える絵画なんでしょう? だったら、ボクの願いを叶えろ!! 」 「魔法が使えるようになったら旅をやめて実家に帰るの? 魔法が使えるようになったから家族に入れてって?」 「違う!! そんなわけ無いだろ!!」  トワは実家になんて断固帰りたくなかった。家族の顔も、王子の顔も、あの土地に住む人間の顔も見たくない。その嫌悪のしようは最早アレルギー並みだった。 「ボクは魔法が使えるようになって、一人でも生きていけるようになりたい」  グリムはここで感心する。彼はトワが言った通り、何でも願いを叶える絵画であった。  そんなグリムに願いを叶えてもらおうとする人間は、大抵自身の醜い欲を満たすために力が欲しいと言ってくる俗物ばかり。  グリムは自分が気に入った人の願いしか叶えたくなかった。その点、トワはグリムのお気に入りのちんちくりんだし、お願いが生存本能に基づく切実な願いだった為に、叶えてあげたいと思った。  グリムはトワに「よく言った!」と褒めようとした。彼は褒めて伸ばすタイプだった。  しかし、トワは「あと、」と言葉をつづける。 「うん?」 「ボクを魔法の使えないゴミだの、魔力損ないだの言ってきた奴らを見返してやりたい。魔力があるで自分の能力がボクだとしらしめてやりたい」 「わお」  トワの目には闘志が宿っていた。この目は血反吐を吐こうと這いつくばろうと、必ず奴らを地獄に落とすという意思を感じた。特に、あるだのだのだのが強調されているところに。  この時点でグリムはテンションとトワへの好感度が爆上がりした。彼は強気な女の子がタイプだった。 「いいね、辛辣なことを言われても折れない心。うん、これなら大丈夫!!」  グリムはトワの首にかかる魔力測定器に伸びた袖で触れる。するとそこから光が溢れ、キラキラと星が瞬きはじめた。 「わぁ!」 「昨日、俺は君を弟子にするって言ったよね。あれは嘘じゃない。いいかい? トワちゃんに魔力は無いし、魔法使いにはなれない。でも、魔術師にはなれる」 「魔術師……」  光が収まる頃、グリムが袖を離したそこには錆びて古めかしかった測定器ではなく、緑のリボンのついたピカピカの測定器があった。 「まだまだあるよ」  彼は今度は測定器をポンッと軽く押す。  ―――ポフンッ 「うわ、何!?」  目の前にいきなりゆめ可愛(かわゆ)い色の煙が立ち込める。トワが閉じた目をゆっくり開けると、空中に小さなポーチが浮いていた。 「これは……」 「弟子になった記念品〜。サ、手にとって?」  ぷかぷかと浮くそれに、ゆっくり手を伸ばす。ポーチを手に持った時、下の部分に文字がしゅるりと記される。刻印された文字はこうだ。 『グリムの一番弟子、トワ』  魔法使いは弟子をとると、その弟子に物を送る習慣があるらしい事をトワは思い出した。 (ボクは、本当に魔法使いの弟子になったんだ……)  じわりじわりと喜びが頭を占める。 「さあ、君はこれから魔法使いの弟子、魔法使いが育てた魔術師になるんだ! ようこそ、魔法と魔術の世界へ!」
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