作品No.2 石膏に恋する男

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 国と国の中間地点には大体キャンプサイトが設けられたりしている。トワとグリムは現在、そのキャンプサイトに足を留めていた。 「トワちゃん、パン食べる?」 「貰えるなら頂きますけど……パンなんか何処に?」 「此処〜」  グリムはいつぞやの筆を持ってくるり、円を描く。すると何もなかった所から突如、ぽんっとパンが現れた。  はい、と手渡されたそれはほんのりと暖かく、焼き立ての様だった。 「これは……」 「これは俺の魔法だよ。頭に描いた事象がそのまま現実になるの」 「は?」  トワはパンとグリムを二度見する。 「俺の魔法って最初は『描いた絵を現実にする魔法』だったんだよ。で、それを極めすぎた結果『頭に描いた事象を現実にする魔法』になっちゃったの」 「いや、凄すぎませんかそれ!?」 「そーなの、凄いの。だから封印されちゃったんだよねぇ。だってこの魔法、言い換えれば改変魔法(かいへんまほう)だもん」  改変魔法とは読んで字のごとく、事実を改変する魔法である。  グリムの魔法はグリムが「そこにパンがある」と思えば、からに改変される。 「トワちゃん、パンの他になんかいるー?」 「え、じゃあ温かいスープとか……じゃなくて! もしかして願いを叶えるっていうのはその魔法が原因ですか? 改変って、もしかして世界をまるまる変えてしまえるんですか!?」  それは果たして魔法の範疇に入るのだろうか。  トワは魔法が使えない。故に、魔法の事をよく知らない。だからこの魔法が普通にありふれたものなのか、そうでないのか全く分からない。 「流石に国一個、世界じゅうに住む人たちの認識を改変するような大規模な事はできないけど、人ひとりの存在を複数人から無かったことにするくらいは出来なくもないよ」 「うわぁ……」  トワはドン引いた。  手渡されたスープを見ながら、あっさりと人ひとり消せる発言をしてしまえる彼は頭のネジが何処かに吹っ飛んでしまったのかもしれないとさえ思った。 「ま、滅多なことがなきゃ消したりなんてしないから安心して!!」 (滅多なことが起きたら消すんだ……)  トワは先行きが不安になった。  もしこの先、この男が人を消そうとしたら止めなければならない。今の彼の持ち主は自分で、彼の一番弟子も自分。彼女はしっかりせねばと気合いをいれた。 「そういえば、グリムさんは魔法使いですよね。ボクには魔術を教えると仰ってましたけど、グリムさんは魔術も使えるんですか?」 「俺は魔術師から転向して魔法使いになったんだよ。だから一応どっちも使えるわけ」  グリムはパンを口に咥えながら手にチョークを出すと、自身の額縁が置かれた平たい石の上に魔法陣を書きはじめた。 「魔法陣は魔術の式みたいなもんね。これを書いたあとに呼び水として魔力をちょろっと流す。すると魔法陣の中の自然界に流れる魔力を収集する魔術式が作動する」  大きな円の中に書かれた小さな円。その小さな円の中には星が描かれている。  そこにグリムが触れると、小さな円の中の星が光り、回転しはじめた。 「わっ、光った!」 「これが魔力収集しはじめたサインね。んで、周りから吸った魔力が別のとこの式に流れてく」  星から溢れた魔力の光は次々と別の文字に流れていき、やがて魔法陣全体が光る。全体が光った魔法陣からは小さな風が巻き起こっていた。 「グリムさん風、魔法陣から風が出てます!」 「そりゃ風おこす魔法陣だからね。因みに此処にやじるしを入れると〜」 「? 何が起こるんですか?」  グリムが魔法陣にチョークで矢印を加えたとき、風に変化が現れた。風が渦巻きはじめ、魔法陣上に小さな竜巻が起こったのだ。 「この矢印は風に回転を加えるための記号。ま、魔力の流れの方向を指示する標識みたいなもんだよ」 「わぁ」  トワは食い入るように魔法陣を見た。  屋敷にいた頃のトワにとって、魔法関係はすべて忌むべきもの。自身を苦しめる存在だった。  しかし、この場所に魔法の使えないトワを馬鹿にする者はいないし、何ならこれから魔術を習うのだ。今の彼女ははじめて魔法に触れる子供である。 「トワちゃんは反応が良いから教えがいがありそ〜。魔法と魔術の違いは分かる?」 「いえ……同じものでは?」 「同じものじゃないんだな〜これが。いい? "魔法"とはこの世におこる口では説明できない摩訶不思議現象のこと。"魔術"とはこの世の原理と計算式から成り立つ事象のこと」  トワは顎に手をつけ、自身のイメージに当てはめて違いについて考える。その間、グリムはパンを新しく出現させていた。先程のパンは丸くてふかふかのパンだったが、今度は野菜が挟まったパンだった。 「つまり、式を書いて発動させて事象を起こすのが魔術。式を書かずに魔力と感覚だけで事象を起こすのが魔法、という事ですか?」 「ん、そうだね。もちっと付け足すと魔術は0から1を生み出せない」 「このパンとか、ですか」 「うん。魔術でパンを作るとなるとパンの材料が無いと作れない。風や火を起こす魔法陣だって空気がなきゃ作動しないからね」  因みに、パンを魔法陣で錬成するのは錬金術だと付け足される。この時点でグリムは錬金術まで教える気満々であったし、トワも教わる気満々であった。  この二人は性格の相性がすこぶる良かったらしく、にこにこと話を進めていく。 「じゃあ早速ちょっと実践してみようか。ね、測定器開けてみ?」 「測定器、ですか?」  言われた通り測定器をパカリと開ける。見ると、測定器の左の丸の方が黄色い満月の様になっていた。 「いま魔力のメーターが満タンな状態ね。で、トワちゃんはこれを持ちながら魔術を使う。いわゆる魔法の杖みたいなもんかな」  グリムは先ほど書いた魔法陣の前にトワを座らせ、片手を魔法陣の上にかざすよう指示を出した。  測定器を持つトワの手ごと両袖で包み、ひとこと「目を閉じて、想像して」と呟いた。 「測定器にたまった魔力が君の手を伝い、全身に巡るようなイメージ。体に浸透した魔力が馴染むようなイメージ。その魔力がかざした手に集中するイメージ。それが、君の力になる」  彼女は言われたとおりに集中する。  計測器から取り出された魔力が手を伝う想像をすると、ふわり、何かの気配が手をなぞった。  それはからだを巡り、やがて魔法陣の上の手に留まった。 「さあ、魔法陣に触れてご覧」  グリムの優しい声に、手は自然に魔法陣に向かって動き出す。そっと触れた地面に、魔法陣に、手に留まった気配がいっきに吸い込まれる。 「っ、う、わ」 「おお、はは、だいせーいこぉー!」  強い風が吹き、木が揺れてざわざわと葉が擦れる音が聞こえた。トワは思わず閉じた目を恐る恐る開ける。 「……すごい」  それは感動のあまり思わず出た言葉。  魔法陣はキラキラと瞬き、辺りは風に撫でられて葉や花弁を空中に散らしている。  箱入り娘であった彼女にとって、このような光景は初めて見るものだった。自然が美しく、また清涼感のあるものだと、初めて知ったのだ。そしてなにより――― 「魔法だ……魔法が、使えた。この手の中に、魔力がたしかにあった」  彼女はなによりも魔法を使えたことに感動していた。ここまで生きてきて、喉から手が出るほど欲したものがいま、ここにある。 「〜〜〜〜〜っ!!!!」  トワは拳を強く握り、口は弧を描いた。歓喜に打ち震え、座りながら足をバタバタ交互に動かす。 「トワちゃん、初魔法おめでとう」 「はい、はい!!」 「うれしい?」 「うん!!」  無意識に敬語の外れた彼女をみて、グリムは彼女のほんのちんまいときを思い出した。  あんよのちっちゃいぴよちゃんで、将来をままごとみたく延々聞かせてきたときの、いやそれ以上に嬉しそうな顔をしていた。  これを見て、グリムは胸がぽわっと温かくなり、彼女にたくさん魔法を教えてやろうと心底思った。 「魔法陣は自分で作ってくもんだ。基礎となる魔法陣から派生して作ってくのが基本ね」 「なるほど、先ほどの矢印を付け足すみたいな感じですね」 「そそ。その国限定の魔法陣とかもその国の本屋で売ってたりするから、旅をしながら集めるのもいいかも。新しい魔法陣を作るときにいい着想を得られるかもしんないよ〜」  グリムの言葉にトワは旅が楽しみになった。なんなら元実家で死んだ人扱いされてよかったとも思った。  掃き溜めみたいな場所に留まっているよりずっと、未来が明るいように思えたのだ。 「うーん、まだ魔力のさじ加減が掴めてないから全体的に大っきい規模で魔法陣が作動したね。ここで魔力コントロールの練習して〜、基礎の魔法陣を覚えたら出発しようね」 「わかりました!」  にっこにこで素直にうなずく彼女に、グリムもにっこにこになった。結果、二人は三日くらいその場にとどまり、地面は魔法陣だらけになっていった。
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