作品No.2 石膏に恋する男

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「ここにこの矢印を書くと逆転するんだろうか。いや、打ち消しあうのか? だとしたら他の属性の魔法は……属性によって効果が違って来るのか? なら別の式を中央にブツブツブツブツ」 (この子、のめり込むと一直線だよねぇ)  キャンプ地から離れてしばらく。  トワは基礎の魔法陣を地面に書き尽くし、見なくても手だけで書けるようになったため、頭のなかで次のステップに進んでいた。  グリムの教えた基礎の魔法陣とはわかりやすく言えばケーキの土台。スポンジ部分である。  このスポンジ(魔法陣)に様々なトッピング()を足していくと、水が発生したり、風が発生したりする。 「トワちゃん、せめて前向いて歩こ? じゃないと()かれちゃうよ」 「轢かれるって、いったい何に轢かれるっていうんです?」  見渡すかぎり森であるこんな場所で人を轢くとしたら、そんなのイノシシくらいなものである。しかし、この場に動物の気配はしない。 「だいたい、キャンプ地が近い場所は国の行き来に使用される道が確保されているから魔物や獣避けの魔法が敷かれてるもの。ボクらを轢くものなんて無いでしょう?」 「いやね? トワちゃんの言うとおり国の行き来に使われてるんだよここ」  トワは首を傾げる。 「イノシシは出ませんよ」 「イノシシじゃないのよ。ほれ」  グリムが伸びた袖をビッと後方へ向けたのでトワの首もそちらに向く。  後ろには、馬車が目前まで迫ってきていた。轢かれるとはであった。 「どわぁ!!」  馬車は人がいるのに今気づいたのか急停止し、トワはびっくりし過ぎて尻餅をつく。  その際、しっかり尻と地面の間にグリムを差し入れた。家庭環境のなかで培われた"使えるものは何でも使う精神"が作用したのだ。 「嘘じゃん、俺下に敷くの手際良すぎくない?」 「そんな事どうでもいいです。というか何でもっと早く馬車のこと言わなかったんだ!」 「えー、言ったよ〜? でも全然聞こえてなかったみたいだったし」  次はちゃんと前みて歩こうねというグリムに何も言えず、声を詰まらせるトワ。彼女は高飛車だが自身の家族を反面教師にして育ってきたため、自分の非はしっかり認めるタイプであった。 「だ、だだだ大丈夫ですか!!」  二人がやり取りをしていると馬車に乗っていたであろう男が慌てて近づいてくる。服装はなかなかに上等なもので、おそらく金持ちだろうことが予測される。 「すみませんすみません! この道、あまり手入れされていないのか視界が悪いし道も悪くて反応が遅れてしまい……お、お怪我は!?」  この時、『慰謝料』というワードが浮かび、トワの脳はフル回転する。  グリムがいれば食料には困らない事が発覚したし、野宿も特に問題は無かった。そうなれば金はあまり必要ない様に思える。  旅のなかで金を使う場面といえば、宿に泊まる、食料を買う、自身の欲しいものを買うといった所だろう。  トワはもと貴族だが生きていければ贅沢はそこまでしなくてもかまわなかった。そのため、この推定金持ちから詫びとしてわざわざ金銭を毟りとるのはなにか勿体無い。 (なにか自分の利になるものが欲しいですね。金銭以外で自身に必要なもの、ふむ……) 「あのお嬢さん……?」 「ああいえ、大丈夫ですよ。怪我なんかしていません。ええ、大丈夫大丈夫」  トワは努めて平気そうな態度で男に言った。しきりに大丈夫というので、男はホッとした。 「そうでしたか、大丈夫ならば良かった」 「あの、この先に街はありますか?」 「ありますよ。実はそこに用がありましてね」 「どのくらい距離がありますか?」 「距離ですか。かなりあるかと……馬車で三十分くらいでしょうかね」  トワは小さくふーんとこぼす。口角が少し上がっていたのをグリムはしかと見た。 「ああ、なるほど、教えて頂きありがとうございます。ボクたちはもう行きます。それでは……イタッ!!」  彼女が立ち上がろうとしたとき、足を押さえてうずくまる。その様子に男が慌てて近寄る。 「ど、どうかされましたか!?」 「す、すみません……どうやら先ほど倒れたときに足を(くじ)いてしまったみたいで……」 「なんと!!」 (ウワァ……)  ここでグリムは全てを理解した。  この女、足代わりにするつもりだなと。  実際、トワは足なんざ挫いていなかった。  今いる地点から街への距離を聞き、なんか遠そうだなと思ったので足を挫いたふりをし、馬車で街まで送って貰おうと算段をつけたのである。  馬車の持ち主は人が良さそうな感じだし、自分の馬車のせいで女性が足を挫いたとなれば街まで乗せるぐらいはするだろう。トワは更に畳みかける。 「ああどうしましょう! いつもは足なんて挫かないのに。実はもうずっとベッドで寝てなくて……疲れが出たんでしょうか。これでは今日中に街に着かないかもしれません。ああでも、別にアナタを責めているわけではないのです! 大丈夫、大丈夫です。野宿は慣れています。どうぞ気にせず行ってください」  自身が憐れに見えるよう、まるで舞台女優のごとく大袈裟に喋る彼女はいっそ清々しい。  トワの本性を知るグリムには「やってんな〜」としか思えなかったが、何も知らない善人には怪我を負わされたにもかかわらず、それを許そうとする健気な少女に思えただろう。 「お嬢さん……よければぜひ、わたしの馬車に乗っていっておくれ。罪滅ぼしに街まで送るよ」  これを聞いてトワは「ッシャ!!」と心の中でガッツポーズをとった。使えるものは何でも使う精神なもんだから、人の善意を利用することも(いと)わないのである。その間、グリムの目は遠くのちょうちょを見ていた。
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