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さて、二人は馬車のふっかふかなクッションに翻弄されていた。
グリムは封印されるより前の馬車と比べて時代の流れを悟り、トワは元実家の所有していた馬車がケチられていたことを悟っていた。その衝撃やいなや。
彼女の元実家への好感度は下がるばかりだし、彼は純粋に自身の歳を気にしていた。二人は目が死んだ。
「ど、どうしましたかな?」
二人の様子があまりに可笑しいので男が声をかける。若干、いやかなり引いていた。
「あ、いえ! これから先の旅について、少しだけ不安を感じただけです」
ここで不信感を抱かれれば途中で馬車から降ろされかねない。可能性はゼロではないためトワは咄嗟にとり繕う。
「それはそれは……わかりますぞ。この頃小刻みに地震がおきて世界中が不安定なうえ、変な宗教団体が各地で世界終末論を唱えているなんて噂もよく聞きますからな」
世界終末論。近年よく耳に聞くようになった単語だ。近年といってもトワがほんのちんちくりんの時のはなしだが。
「物騒な世の中です。この先の街にも、何やらきな臭いうわさが流れているらしいですぞ」
「うわさ?」
「なんでも、街から人が攫われるとか……」
―――それは街の住民からはじまり、近くの村からきた者、旅人など見境なく街から姿を消すそうです。
そうですね、夜風にあたってくると言ってそのまま帰ってこなかったり、中には目を離したほんの数秒の間に消えてしまった者もいるらしいです。
男は不気味そうに語ると腕をさする。その時、小窓からさす光が金属に反射した。
「ね、今日は何しに街にきたの?」
先程まで黙っていたグリムが男にはなしかける。男はギョッとしてグリムを見たが、叫んだりはせず丁寧に答えてくれた。
「わたしは妻へのプレゼントを買うためにこれから行く街へ向かっているのです」
「わざわざ馬車を走らせてまでね。その街って花かなんかが有名なの?」
「いえ、確か石で有名な街だったはずです」
グリムの問いにトワが答える。
「胸像や花瓶などの家具は混じりけのない白色で、とても美しいと評判です。特に、その街の職人がつくる女性の像は女神が降り立ったかのように神々しいとか」
「おお、お詳しいですな! 実は妻の胸像を作って貰おうと考えてまして……」
「おや、奥様の胸像を作ってもらうのに、その奥様はご一緒ではないのですね」
それを聞いて、男はふむむと顔に影を落とした。
「確かに、モデルがその場にいたほうがいいのはごもっともな意見です。きっと十人ちゅう十人がそう仰るでしょう。しかし……」
「何か、奥様を連れて行くのを渋る理由が?」
男はトワを見て一瞬だけ躊躇したように言葉をつまらせた。そのことに二人は首を傾げる。
「その……消えた人たちは全員、若く見目美しい女性なのです」
男がトワを気にしていた理由はトワの性別が女性であることにあったらしい。
「不安を煽るような事を言ってしまい、たいへん申し訳ないとは思うのですが……あの街に滞在するのであればお嬢さんも気をつけて下さい。人攫いはどんな場所にもいますから。そこの不思議な彼も、用心しておいたほうがいいですぞ」
はなしが終わったあと、トワがグリムをギュッと抱きしめる。見ると、トワの顔には少しだけ不安が滲んでいた。グリムは何も言わないで、おとなしくしていた。
しばらくゆっくりしていると、馬車はガタガタな道から平らな道にはいったようだった。
小窓の外をみると穏やかな空に柔らかい太陽の光がさす街並みが映った。白い壁の建物には吊るされた鉢植えや蔦の緑がよく映えている。レンガの敷き詰められた道はどこもかしこも真っ白で、陽の光で反射してまぶしい。
「すごーい、あちこち真っ白け」
「少々眩しすぎやしませんか?」
「はっはっは、それもこの街の特色ですから!」
馬車は門をくぐり、専用の広場へと通される。
「さ、目的地に着きましたし、さっそく本屋に行きましょう」
トワはグリムを背負ってさっさと馬車から飛び降りた。その様子に男はポカンとする。
「あれ、足は……」
「ああ、もう治りました。街まで乗せていただきありがとうございます。では失礼」
用が済めばもう会うこともない。別れは素っ気ないものとなったが、彼女の頭の中はもうすでに魔法陣で埋め尽くされていた。そうでなくともトワは箱入り娘だったので外に出たことがなく、初めて見る街並みに興味津々であった。
「どこもかしこも真っ白だ……きれい」
「さて、まずは泊まるためのお金を換金所で作って、それから宿探しか――おおぅ?」
グリムの視界がぐるりとまわる。
トワが後ろを振り返り走りだしたのだ。
景色がどんどん流れ、街の活気を肌で感じる。
「すごい、すごいすごい! あの店は魔法陣で水を循環させて植物を育ててる! あっちの店は商品が空中に浮かんでる! いろんな人がたくさんいる!」
元実家は国で今いる場所は街であるが、トワにはこの場所のほうが広く、そして素敵に見えていた。
「うわぁ〜〜すごいなぁ。新聞や本で見た通りだ」
(……そっか。この子は、新聞や本からでしか外の世界に触れられなかったんだ)
魔力がなく、ラベンディア家の恥さらしだのと言われほぼ幽閉に近い形で屋敷に押し込められていた彼女は自分のいた国しか知らず。その自分のいた国も別にそこまで栄えているわけではなかった。
特産品を作って人を呼び込み、商売の効率を上げるために魔法を使うこの街は、トワにとっては目に映るもの全てが光ってみえるくらい素敵に見えていた。
(知識だけで知ってるのと実際に見て感じるのとではやっぱり全然ちがうよね)
グリムははしゃぎまわるトワに嬉しくなる。
まだ十代の彼女にとって、婚約者、家族、帰る家が一気に無くなったのはさぞショックを受けただろう。
それでも、今こうして笑えるのなら、あの出来事は必要な過程だったのかもしれない。グリムはそう思った。
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