作品No.2 石膏に恋する男

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 街に着いてから気になる場所を片っ端から見てまわった二人は、その過程で見つけた換金所でみごと資金を入手した。グリムは手にした袋の底を手で押上げて音を鳴らす。 「うーん、チャリチャリ〜」 「……アナタ、あの宝石どうしたんです?」  宝石とはグリムがあらかじめ持っていたものである。換金所で額縁向こうから山ほどとり出し、トワと換金所のおっさんを驚かせたのはついさっきのはなし。 「もしかして、魔法で出したんじゃ……」 「だいじょーぶ、そんな罪深いマネしてないよ」 「ホッ」 「今までたらい回しにされてきた金持ちの家からくすねてきただけ〜」 「じゅうぶん罪深いじゃないですか!!」  お忘れかもしれないがグリムは『何でも願いを叶える絵画』として金持ちの家を転々としてきた。  その時はまだ上半身が絵の中だったのでただの肖像画のふりをしており、誰もが寝静まった夜、自身の飾られた部屋に置いてあった宝石をバレない程度に失敬していた。 「俺は封印の制約で自分から移動は出来ないけど、魔法で物を動かすことは出来るからね。引き寄せて額縁の中に蓄えてたんだぁ」  自身の窃盗ばなしを何でもないふうに言うグリムにトワは呆れてため息をつく。 「アナタねえ、それ犯罪ですよ? バレたらやばいんじゃないですか」 「バレないバレない。だってさっき売ったやつ、百年も前の宝石だから」 「そういう問題じゃ―――」 「あと、俺を手に入れようとする奴らは大体犯罪者。富豪の家から盗みをはたらいたり、国の金を着服したり、不祥事をもみけ」 「じゃ、いっか」  手のひらをひっくり返すのに最後までセリフを聞く必要はなかった。  これが全くの善人ならば罪悪感の一つも覚えたが悪党なら別にいっかと思ったのだ。トワは悪党に非常にドライである。これも家族に起因する嫌悪だった。 「そもそも百年前だし、流石に死んだか汚職がバレて家がお取り潰しになってると思う」 「ならなんの問題もないですね。さっさと宿を見つけて魔法陣を買いに行きましょう」 「魔法陣買ったらお昼食べよ。さっきからめっちゃいいにおいする」 「そういえば、もう昼時ですか」  時刻は時計の針がちょうど天辺をさすころ。近くの飲食店からは美味しそうな香りが漂っている。  ―――クウッ  トワはサッと自分の腹をおさえた。 「はやく宿を見つけましょう」 「いまお腹―――」 「どんな宿が好ましいんでしょうかね」  彼女が早足でつかつか道を歩きはじめるのでグリムは空気を読んで口を閉ざし、宿を探しはじめる。  辺りを見回すと視界にまず入るのが様々な店だ。さすが大通りと言うべきか店が多く、またその数に比例して人の数も多かった。  次に視界に入るのは石膏像。店の宣伝なのか石膏像が看板やメニュー表を手に持っているものがどこを見ても置いてある。 「さすが石で人を呼び込んだ街。石膏の彫り込みが細かくて美しい仕上がりだ。いい職人さんがいっぱいいるんだね〜」 「わかるんですか? そういうの」 「まあね。俺は絵描きだけど美術や芸術は何を見ても楽しい」 「ふうん」  会話のさいごのほう、なんとなく視線を向けたさき。そこには女性が三人かたまり、何かを話していた。  うち二人は手にパンや果物が入ったカゴを持っていたので、おそらくは近場に買い物に来た地元民だろう。トワはあの三人に宿がどこにあるかたずねるため、足を向ける。 「ねえ聞いた? ルックさんの妹さんの話」 「聞いたわ。また居なくなったんですってね」 「つい最近まで金髪に映える真っ赤なドレスを買ってやって、美人に拍車が掛かった〜ってはしゃいでたのにねぇ」 「もう何人目かしら。女性がいなくなるのは」  三人が話している内容に聞き覚えがあり、トワの片眉があがる。馬車で聞いた話とかぶる内容だ。 「結構いなくなってるんだね、人」 「そのようですね。ま、ボクには関係のないことです」  行方不明者がどうのなど、旅をしている自分には関係ないというのが彼女の意見である。  馬車で男が言っていた居なくなる条件にトワは当てはまるが、すぐに街を出ていく彼女が攫われる確率は低いだろう。なにせ、女性はトワだけではないのだから。 「もし、宿屋を探しているんです。よかったらどこの宿屋がいいか教えてもらっても?」  三人よれば姦しいを体現する女性たちに物怖じせずはなしかけるトワ。女性たちは話に割り込んできた彼女に眉をひそめることもなく、親切に宿屋を教えてくれた。 「あすこの二番目の曲がり角を右に曲がったら石膏像を売る店があるのだけど、そこの裏側が宿屋になっているの」 「二番目の曲がり角を右ですね。ありがとうございます」  礼をいい、すぐに教えてもらった通りの道を進む。角を曲がると言われたとおりの店があった。外にはガラス張りのショーウィンドウがあり、そこに女性の石膏像が飾られていた。 「これは……」  トワは息を呑む。  ガラス越しにみるその石膏像の色は真白で、街にあるどの像より美しく見えた。何より目を惹くのはその像のリアルさ。 「やあ、ウチに何かご用かな」  ショーウィンドウに目を奪われていると、店の中からエプロンをつけた若い男が出てきた。 「この店の裏手が宿だと聞いたのですが」 「ああ、宿屋をご利用の方でしたか」  へらりと笑って頭をかく目の前の男はあまり記憶に残らないような、どこにでもいそうな普通の男という印象だ。男は、先程トワの見ていたショーウィンドウに顔を向ける。 「この子、僕のまえのお気に入りなんです」 「前の、ですか。今はべつにあるんですか?」 「はい。つい最近出来上がりましてね。それがまたいい出来でして……この子もなかなかいいでしょう?」 「ええ、まるで、生きた人間をそのまま像にしたみたいです」  トワはまた石膏像に視線をやった。顔の造形、髪の表現。足元に飾られた花の彫刻まで細かく処理された像は何度見ても完璧に見えた。 「きっと最近できたというその像も、素晴らしいものなんでしょうね」 「はは、そう言ってもらえると嬉しいなぁ。宿屋のほうは部屋に空きがあるから、ぜひ泊まっていってくれ。案内するよ」  男は細い路地を通って裏手にまわっていく。路地を覗いてみると、まわりの建物が太陽光を遮って少し暗くなっていた。 「……」 「グリムさん、先程から絵の中に閉じこもって黙ってますけど、どうかされましたか?」 「……ううん、何でもない」  いつもなら積極的に会話に参加しそうなグリムが黙っているのは気になったが、グリムが何もないというのなら、とトワも詳しくは聞かなかった。
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