作品No.0 絵画を背負った旅人少女

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 わやわやと大勢の人々が道を行き交い、また言葉をかわす。頭上には箒で空を飛ぶ人、人形を浮かせる芸者、舞い落ちる紙吹雪が視界を豊かに彩る。  祭りが行われているであろうこの街は、様々な種類の物が売りに出されていた。 「……人が多いな」  ローブを目深にかぶった少女がぽつりと悪態をつく。道に多くテントが張られ、狭くなった道を人が立ち止まったりするもんだから、さらに道が狭い。  少女は背中になかなかにでかい絵画を背負っているため、人にぶつかるぶつかる。 「おっと嬢ちゃん、すまねぇな」  どん、と男が肩にぶつかる。それにいえ、とだけ返し少女はすぐそこの店へと入っていった。看板には「本屋」と書かれている。 「すみません」 「はいはい、何をお求めだい。最近入荷した恋愛奇譚? それとも聖女日記かい?」 「いえ、この街特有の魔法陣を」 「おや、お嬢ちゃん外の人?」 「ええ、まあ」  魔法陣を買うやつぁ大抵この街の人間じゃない。しかも、魔法陣なんかは魔法の使えるやつはほとんど買わない。陣が無くても魔法を使えるからだ。  買うやつは大体変人か変態ばかり。この店主の独特な偏見(へんけん)である。故に、店主はローブで顔の見えない少女を(いぶか)しんだ。 「お嬢ちゃん、金は持ってるよな?」 「もちろん……おや」  少女はポケットに手を突っ込んだが、入っていたはずのサイフが無い。そこで彼女はピンときた。 「チッ……スられましたね」  さっきぶつかった男。大方スッたのはあいつだろうと舌打ちをする。彼女の言い方があんまりガラが悪かったため、店主は片眉を上げた。 「あーあ、困るよ。金が無きゃあ魔法陣は売れないよ」  金を落としてくれなきゃ最早客ではなく、魔法陣をわざわざ買う変態か変人だ。  さっさとお引き取り願おうとしたとき、第三者の声がする。 「へい店主、お金ならあるよ」 「あ?」  この店は誰か入ってくればドアベルが煩いくらい鳴る。それも無く、また姿も見えない。店主がキョロキョロ見回せば、少女が背負った絵画を店主のまえに持ってきた。 「はい、これで足りる?」 「え、あ、おう……はあ!?」  差し出された絵画。  その絵画から男の上半身が飛び出ている。しかも、お金を手渡してきた。店主は度肝(どぎも)をぬいた。 「よしよし。目当てのブツも手に入れたし、ごはん食べよ、ごはん」 「ブツって言い方はやめてください」  少女は馴れた手つきで絵画を背負い直し、店の外へ出ていく。その間絵画から飛び出た男は未だ腰のぬけた店主をみてケラケラ笑っていた。 「あっはっは、見た見た? あの店主の顔」 「ボクを見下した顔からマヌケ顔になったのは笑えましたね。いい気味です」 「ほ〜んと愉快。ごはん美味しくなりそ」  絵画の男の手には先程スられたはずのサイフがあり、それをちゃりちゃり言わせている。通行人は上半身だけの彼を見て店主みたくギョッとしていた。 「というかグリムさん、アナタね、サイフをスられた時気づいてたでしょう」 「……えへ☆」  絵画の男――グリムはダルダルに余った服の袖を顎下に持ってきた。見事なかわいこぶりっこだった。 「スられた後でなく、スられる前にどうにかしてくださいよ。ボクが簡単にサイフをスられるいいカモだと思われるじゃないですか」 「トワちゃんは相変わらずプライドが山みたいに高いねぇ」  トワは呑気に構えるグリムにため息を一つ溢す。この男はいつもゆるゆるに生きている。サイフをスられようが山賊に囲まれようが飄々(ひょうひょう)とした態度を崩さないのだった。 「アッア、トワちゃん、レモンチキン!! レモンチキンだって、美味しそう!!」 「はいはい、レモンチキン食べたいんですね。わかったから騒ぐな」  絵画から下半身の出せないグリムはトワに運んでもらわなきゃレモンチキンを食べることさえできない。その事に不満げになることもなく、レモンチキンを連呼し続けた。  いつもこうして騒ぐもんだから、もうトワは自分の食べたい昼食を長らく選んでいない。だが、それももう馴れた事である。 「はい、お望みのものです。アナタ旅先でいつも食べもの買いたがりますよねぇ」 「わーい、レモンチキン! だって俺、魔法カンストしてるからあともう美味いもん食べるしか楽しみないもん」 「買いに行くボクの身にもなって下さいよ」 「んえー、トワちゃんが俺の呪いをどうにかしてくれたら自分で買いにいけんだけどぉ」  チラとグリムはトワを見る。グリム自身冗談はんぶん本気はんぶんで言った事だが、先程買った魔法陣を眺めるトワの目が死んだので「アッこりゃ駄目だな」と思いながらレモンチキンを頬張った。 「呪いを完全に解くのは無理です」 「えーん、悲しい」  わざとらしく悲しげな顔をしたらトワの目がもっと死んだ。ついでに耳がちょっと赤くなった。 「呪いの解き方がアレでなければ解いて差し上げましたよ。ええ、アレでなければ」 「俺は気にしないのに」 「ボクが気にするんです! あ、あんな、だって……し、し、真実の……」 「真実の?」 「真実のキ、キ、キ―――」  ―――キャアアアアア!!  突然、つんざくような悲鳴が響き渡る。ビックリして思わずグリムを額縁ごと抱きしめたトワ。グリムは突然抱きしめられたもんだから、食べかけのレモンチキンを落とした。 「あーッ! 俺のレモンチキン……」 「な、なんです? なんの悲鳴?」  ざわつく周囲、未だ聞こえる甲高い悲鳴。キョロキョロしていると、後ろのフードがぐいんと引っ張られた。 「お前も生贄だ、来い!!」 「ファ??」  いきなりズリズリと知らぬ男に引きずられ、グリムを抱きしめたまま何処かに運ばれる。気づけばトワのように引きずられていく人間がたくさんいた。  なんだかよく分からんが大変な事に巻き込まれている。そう悟った彼女はそろっと上方向を見て、逃げ出すのをやめた。  なぜなら自分を引きずる男はムキムキだったからだ。筋肉と暴力はすべてを解決する。つまりは偉いのだ。お偉いムキムキに逆らえばきっと(ろく)なことがない。きっと痛い目にあうだろう。 (……まだ逆らう時じゃない)  こういうのはタイミングが重要なんだと言い訳をして、トワは引きずられていく。 (決してムキムキに屈した訳じゃない!!)  心に闘争心を灯すも、虚しく地面に足跡すら付けられなかった。
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