作品No.2 石膏に恋する男

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 大通り、本屋まえ。 「ふふ、えへへぇ」 「ご機嫌だねぇ」  トワは本屋で買った魔法陣を片手にご機嫌であった。足なんかスキップで踊らせている。  グリムはむかし、まだ王子に夢みていた頃のトワを思い出していた。あの頃の彼女もいまみたいに緩みきった顔をしてへんな声を出していた。 「その魔法陣、石だけを砕くんだっけ?」 「そうです!! 像を作るための材料である石を岩壁から取り出すための魔法陣……べつの用途を考えると瓦礫をどけたりもできて可能性が広がる!!」  魔法陣についてつらつらと語る姿。まるで好きなものの話をするオタクである。グリムは「なははー」と乾いた笑いをこぼした。目は地面の石ころをみていた。  ――ぐうぅ。 「あ"」 「トワちゃん……」  こんどの腹の音は地響きのごとく。彼女の顔はバラ色だ。地面に這いつくばってでも生きると決めたトワは恥も外聞も捨てる覚悟があるが、腹が人まえでなる羞恥心はあった。なにせ乙女なので。 「ごはん食べに行こっかぁ」 「……グリムさんが出せるのでは?」 「せっかく他所にきたんだから、現地で地元の人が作った料理食べたいじゃ〜ん」 「なるほど、一理ありますね」  グリムの言葉にトワはうなずいて店を探しはじめた。彼の中にいちど食べたら魔法で再現しやすくなるというセコい下心があった事は内緒のはなし。 「そういえば、グリムさんは魔法によって絵に封印されている状態なんですよね」 「ん、そーだよ」 「その封印って、グリムさんの魔法で解除できるんじゃないですか?」  グリムの魔法は改変魔法だ。  封印がかけられた事実を無かったことに改変すれば、封印の魔法が解除されるのではないか。それがトワの持論だった。しかし、グリムはやんわり首を振る。 「それが無理なんだよね」 「どうしてです?」 「この封印魔法はね、俺の魔法が効かないんだよ。封印魔法を行使した聖女(ヤツ)が俺よりもつよつよなの。ほかの魔法はてんで使えないぶん、封印系は網羅(もうら)してるのが聖女のやばいとこだよね〜」  この世は弱肉強食。弱者は強者に淘汰(とうた)され、勝利の確率は低い。それは魔法に関しても言えること。このはなしはトワの劣等感をあおり、眉間をシワシワにした。いっぱいしょっぱい気分になった。 「しかもね、時止めの魔法陣まで使ってるんだよこれ。こんなん禁術よ。俺一人に高度な力使いすぎじゃんね。ほーんと馬っ鹿みてぇ」 「じゃあ、自分で額ごと浮かせて移動もできないのか……そういえば、グリムさんて妙に軽いですよね。片手でも持てる」 「それは俺が魔法かけてるからだよ〜」 (軽くする魔法は自分にかけられるのか)  制約うんぬん、かなり面倒くさい魔法を使ったものだとトワは思った。  グリムを封印するなら条件などつけず、シンプルに魔法が解けないようにすればいい。  なぜ魔法の解き方をキスなどという巫山戯(ふざけ)たものにしたのか。なぜグリムが自分にかけられる魔法とかけられない魔法が存在しているのか。彼を封印した聖女の思惑がまんま謎であった。  トワは鼻歌をうたうグリムをじっと見る。 (……そもそも、魔法がただ強いだけで封印なんて仰々しいこと、されるものなんでしょうか)  彼女は実家で新聞を読みあさり、家の書斎にあった歴史書なんかもついでに読んでいた。しかし、魔法が強すぎるという理由で封印された人間はどの新聞、歴史書にも書いていなかった。  ――彼が封印された理由は、別にある。  彼女の優秀な頭に当然のように浮かんだ思考。『封印』とは、大抵が人の手に負えない、何か恐ろしいものに施される処置だ。閉じ込めていなければ災いをよぶそれらを、封をして人に害をなさないようにする。 (グリムさんは大昔に災いを運ぶ魔法使いとして封印されたのかもしれない――もしくは、目も当てられないぐらいの大罪を犯して……) 「アッ見て見て!! あそこのウマうんこしてる!! なんでうんこって茶色いんだろーね」 (……無いな)  心のなかでもう一度「無いわ」とつぶやき、トワはグリムをブンブン振り回した。阿呆まるだしな旅の相棒に、さっきまでシリアスなことを考えた自分が途端はずかしくなったのだ。 「とりあえず、昼食まえにうんこ言うな!!」 「ごめーん」  さて、家を飛び出してからずっと野宿だった二人。グリムはキャリーされていたので問題ないが、トワは疲労が溜まっていたため、昼食は持ち帰りにして宿で食べることに決まった。サンドイッチやら串に刺さった肉やらを手に宿屋へ戻る。 「やあ、おかえり」  表の店の前まで来ると、店主の男が待ち構えていた。手には花束を持っている。 「きれいな花束ですね。珍しい、青いバラだ。誰かにプレゼントですか?」 「うん、まあ、そうだね……君こそ、随分とたくさん買ったね。それ一人で食べるの?」  トワは食料でいっぱいの紙袋をサッと後ろに隠して斜め下に目を逸らした。店主は若い。若い異性に大食いと思われるのは(はばか)られた。というか、トワのプライド的に断固拒否したいイメージだった。 「あ、ああの! 部屋で食事を取りたいんですけど、大丈夫でしょうか」 「もちろん。あでも、ベッドのシーツとかはなるべく汚さないようにして欲しいかな」 「それはもちろん。ではまたあとで」  後ろに隠した紙袋を前に抱えなおし、ヒュンと部屋まで走る。グリムはトワが店主と話している際、またも沈黙していた。
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