作品No.2 石膏に恋する男

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 夕飯どき。盗み聞きされていた事もあり、トワは夕食を外で摂りたがった。ついでに新しい宿を見つけてそこに泊まろうかとも思っていたのだが、店主に捕まって宿で夕食を摂る事になってしまっていた。今日の大失敗である。  座らされたテーブルには店主が一人で作ったという料理が所狭しと並んでいる。どれも見た目が美味しそうで、トワは「女子力で負けた」と謎の敗北感を感じていた。 「これは……なかなか壮観ですね」 「ふふ、美人でかわいい女の子に食べさせる料理だから、ちょっと張りきってしまったよ」  随分な軟派な台詞にトワは片眉を上げた。普段なら「美人でかわいい」なんて言われてちょっとうれしく思ったはずだった。  が、しかし。こいつは盗み聞き犯である。もうどんな口説き文句を言われても『でも盗み聞きしてたんだよなぁ〜。変態なんだよなぁ〜こいつ』としか思えない。  褒められて変な顔しても怪しまれるので、一応礼だけ言ってコーンポタージュにスプーンを差し入れる。見た目だけでなく味も普通に美味いのが癪だった。 「ねえ、君のその絵。食事中でもずっと離さないでいるけど、そんなに大事なのかい?」  ポタージュの上澄みを掬ってる最中に投げられた質問に、さてどう答えようかと考える。  グリムは先程「片時も離すな」と言った。師匠が言うのだから弟子が言うとおりにするのが筋。言われたことを完璧に遂行するにはまず、グリムを片時も離さないでも不自然にならない理由を作らなければならない。 (ふむ。まあぶっちゃけ放っとけ人の勝手だろうがと一蹴してやりたい所ですが……ここは一つ、情に訴えますか)  因みにこの間、たった一秒の半分にも満たない。 「この絵、実は最後に残された遺産なんです」 「遺産……?」 「実はボク、実家に家族を置いて逃げてきたんですよ。父と母は悪徳業者に騙されて、家宝であるこの絵画だけは手放すわけには行かず……」  この時、声色は若干低く、顔はやや下向きにする。いかにも途方に暮れている少女を演出した。悲壮感を出しすぎないのが同情心と庇護欲を掻き立てるコツだ。トワは更に畳み掛けていく。 「この絵は価値が高いだけの普通の絵ですが、お守りとして大切にしてきたんです。ボクも小さい頃からずっとこの絵と共にありました。だから、離れがたくって……」  嘘は言っていない。グリムは実際に価値が高いだけの絵だと実家では言われていたし、小さい頃からトワは彼と共に育ってきた。  旅をするなか、グリムがいなければそれが立ち行かなくなるし、彼がいればトワは一人でいるより断然安全。広い目で見ればお守りと言っても嘘にならないだろう。離れがたいのも本当だ。ンまあ、前半部分は全てトワが考えた(三文小説)だが。  男はトワが可哀想に見えたのか、たった一言「大変だったんだね」と言ったきり、グリムのはなしをしなくなった。声を絞ったような言い方だったので、男の同情心をうまく煽れたよう。トワは心のなかでガッツポーズをとった。 「ごちそうさまでした」 「あれ、もう終わり? おいしかった?」 「はい」 「味は? 変じゃなかった?」 「はい」 「違和感があったりは? 変な匂いとか」 「い、いえ。なにもありませんが……」  店主の矢継ぎ早の質問に少したじろぐ。トワ的にはさっさと盗聴変態店主の前から去りたかったが、ここで無視したら今までの警戒がパアになる。トワは頭の中で「これで最後」を何回も繰り返しながら店主に対応した。 「そっか、おいしかったんだね。よかった」 「あの……部屋にもどっても?」 「ううん、大丈夫。ちゃんと運んでおくよ」 「え?」  ぐらり。  トワの視界がじんわり歪む。 「思ったより食べてくれなくて焦ったけど、うまくいったみたいで嬉しいよ」 「な……にを……」  店主はトワの問にはこたえなかった。倒れる彼女をただ、頬杖ついて眺めるだけ。 『俺を離さないでおいて』 (……)  夕食前、グリムの言ったことを思い出し、ぎゅうと額を抱きしめる。離さぬよう、離されないように。  さいごの霞む視界のなか、トワは店主の壮絶な笑みを見上げた。 「おやすみ」  ―暗転―
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