作品No.2 石膏に恋する男

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 ――ゃん……ね……ば  ――きて……トワ……ん  ――おーい、起きろってば 「トーワーちゃん、ていっ!!」 「いったぁ!!」  ベシッと頭を引っぱたかれ、トワは飛び起きる。その拍子に埃がぶわりと宙を舞うので息に詰まった。 「おえ、なんですここ埃っぽ」 「ここはね〜、宿屋の地下!」 「は、地下?」  地下と言われてぐるり辺りを見まわす。窓も無いし真っ暗くら。なるほど確かに地下っぽい部屋である。 「でもどうして地下なんかに……?」 「そりゃあトワちゃんが一服盛られて寝てるあいだに店主が運んだからさ」 「エ、は、盛られ……?」  ぱちくり、目を瞬かせ、まぶたを限界まで上に押し上げる。グリムはトワの背後に『カッ!!』という文字を見た。 「盛られてたんですかボクは!?」  グリムは「そ~だよぉ」と袖を宙ぶらりんに回す。それがトワの顔に掠るもんだから鬱陶しげに叩き払った。 「あん、いけず」 「喘ぐな」  泊まった宿の店主に薬を盛られた。そのことに多少なりともショックを受けていたトワだが、グリムが余りにもいつも通りだからか、比較的はやく冷静になった。 「グリムさん、アナタはボクが意識のない間、ずっと絵のフリをしてましたよね」 「そうだねぇ。俺はずーっと見てたよ」  ずーっと、とは。もちろん彼女が倒れてからここに運び出されるまでである。  この男、思い返せば店主とはじめて話した時から何か勘付いている気配があった。もしやこうなる事が最初から分かっていたのではあるまいな、と不審げにグリムを見やる。 「そんな目で見ないでよ。んとね、店主が俺をトワちゃんから取り上げようとしたら君、物凄い力でストラップ掴んで離さなかったんだよ。ほんとに寝てんのかって、もうドン引き」  「手に血管浮いてた」といわれ、流石にトワも自分に引いた。しかし、トワにとってグリムは命綱みたいなもんだ。離せるわけない。  彼が店主に対して頑なに姿を見せなかったのは、こうなることを予測していたのだろう。実際、グリムがいなければトワは目覚めず、その先は寒気のする結末を迎えていたかもしれない。   「そういえば、店主がいませんけどどこへ行ったんでしょう。何か聞いたりとかは?」 「店主はトワちゃんをここに運び込んだあと、準備しなきゃっつって出てった」 「準備って何の?」 「さあ」  とりあえず、トワは簡易ベッドの様な場所から降りる。人を寝かせる用途に使うにはかなり硬いベッドだった。いや、シーツもマットもないそれを、ベッドと言っていいのかも謎だし、そもそも本当にベッドなのかさえも微妙だ。 「……」 「なんかさぁ、ここ人体実験とかされてそうだよね。寝かされてたとことかもろ被検体乗っけるところ」 「くっ、ボクが思っても言わなかった事を!」  薄っすら、向こうの景色に溶け込んでいる縄や鎖を見て「監禁」や「人体実験」のワードがチラついていた。なんにせよ、この部屋にいて良いことがないのは確実である。 「よし出ましょう」 「そだね、なんかかび臭いし出よ出よ」  いちおう聞き耳をたててからゆっくり扉を開ける。部屋の向こうはすこし長細い。今までいた部屋はいちばん奥の部屋らしかった。 「随分ながいな」 「地下にこんなの作って、絶対にろくな人間じゃないよ。趣味わっるいもん」 「ボクもまったく同意見です」  二人はなにも、地下に長細い部屋を作ることに対して趣味が悪いと言ってるわけではない。二人が不快に感じるそれは、長細くて暗い部屋に等間隔で置いてあるソレにあった。 「飾った石膏像全てに名前の表札……しかも、作品名ならまだしもそこら辺にいそうな女性の名前なのがまた……」 「なあんか生々しいよね〜」  ずらり並んだ女性の石膏像。それにはそれぞれに「アナ・テイラー」やら「エミリー・ハイドソン」やら名前の表札が付いていた。石膏像がリアルな出来のためにそれがさらに生々しさを助長させる。 「よくこんなにたくさんの石膏像を造れますよね。これ、売り物なんでしょうか。おや?」  流れるように置かれた白い彼女たちのなか、一か所だけ空いた場所があった。そこには表札だけが置いてある。 (まだ完成してないからここだけ空いてるのか。或いは手直しするために別の場所に石膏像を置いてるとかだろうか)  彼女にとって別にどうでもいいことだろうに、何かが引っかかって空白の前に立ち止まる。何が彼女のなかで引っかかっているのか、不自然に空いたその場所をよくよく観察する。 「この表札に書いてあるエリーゼ・ルックという名前、何処かで―――あ」 ―ねえ聞いた? さんの妹さんの話 ―聞いたわ。また居なくなったんですってね ―もう何人目かしら。女性がいなくなるのは 「う、嘘だろ……? こんなこと――ほぎゃッ」  あまり気づきたくなかったことに気づいてしまい、後ずさったトワは床板のとび出た部分につまづき、後ろにすっ転んだ。その拍子に後ろにあった石膏像が倒れ、ガシャンと音を立てる。 「うわ、やると思った」 「ったぁ。も、ほんと最悪」  あの音は絶対に石膏像がぶっ壊れた音だ。恐る恐る振り向いて、目を見開く。  割れた石膏像のなかからはみ出る柔らかな曲線。栗色の柔らかなそれは明らかに石ではない物質だ。割れた石の部分を手で払うと、その正体が何なのかがようやく明確になった。
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