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「人、だ……生身の人間」
石膏像の中には女性が入っていた。ぶっ壊れるまえの石膏像に激似。いや、石膏像がこの女性に激似なのだ。それもそうだ。なにせ本人に石を貼り付けてるようなものだから。
トワは思わず別の石膏像も見た。この石膏像には人間が入っている。なら、別のにも人間が……ここにあるもの全てに? マジで?
そんな思考が頭を占めて、額をおさえた。こんなこと、常人がすることじゃあない。
「ね、トワちゃん。この人生きてら」
「マジで!?」
石に閉じ込められていたというのに生きているとは何事か。トワが女性の鼻のあたりに手をやると、確かに彼女は息をしている。
「ねぇ、グリムさん。これって魔法か何か何でしょうか」
「十中八九そうだろうね。石膏に閉じ込めても中身が生きてるのはたまたま? それともわざと? なんにせよこんな使い方するなんて斬新だぁ」
グリムは純粋に感心しましたと声をあげた。トワはというと、一刻も早く逃げ出そうと考えていた。
一般的な主人公ならばきっと「店主を倒し、みんなを助けるぞ!」と奮い立っただろうが、しかし。彼女にとってこんな面倒な事ったらない。
自分は大丈夫だと思っていた事件に巻き込まれたことでさえ気分が悪いのに、その事件の内容が生きたまま石膏像にされるなんて、冗談じゃない。
「ここは見なかったことにして―――」
「見なかったことにして、如何するんだい?」
「!!」
ヌルリとした声がして、それがまたなんだか気持ち悪く思え、咄嗟にグリムを抱きしめた。背後から聞こえた声の主は予想のとおり、店主の男だった。
「そ、れは……」
店主の男の背後には見覚えのある石膏像があった。どうやら店のショーウィンドウに飾ってあった石膏像を運び込んで来たらしい。その石膏像は恐らく、あの空白に飾られるためにつれて来られた『エリーゼ・ルック』なのだろう。
「あーあ、バレちゃった。まさか起きてるとは。僕の眠り姫は早起きさんなんだね」
「は、僕の、眠り姫ぇ??」
室内に素っ頓狂な声がひびく。
腰のあたりから頭のてっぺんまでゾッと悪寒が走り抜けた。鳥肌もやばい。この感覚を例えるならば、虫が虫を食ってるのを見てしまった時のようなイヤな感覚。
トワは一人の乙女であり、ロマンチックなことはもちろん好きだ。小ちゃな頃なんかロマンチスト全開だった。
しかし、別に好きでもない、むしろ好感度マイナスの異性にこんなこと言われても気持ち悪いだけだった。
「君の寝顔はとってもきれいだったから、あのまま形を維持できればよかったんだけどなぁ」
「気持ち悪。アナタこんなことして、いったい何が目的なんです? なぜこんなことを」
「こんなこと? ああ、彼女たちのこと言ってるんだね。そんなの理由は一つ――恋さ」
店主の男は『エリーゼ・ルック』の像に体を密着させると、それに頬ずりしながら言った。手は腰から太ももを撫でまわしていて、その光景に本日二回目の鳥肌をたてた。
「僕はね、一目惚れした彼女たちを特別な魔法で生きたまま石膏像にしてあげてるんだ。ほら、石膏の白さって神々しいだろう? それにすべすべだ。容姿の美しい女性に石膏の白さ、すべすべさが合わされば、超完璧な女神ができるんじゃないかって思ったんだよ」
「へ、変態……」
「ふふ、罵倒も君みたいな女の子に言われると、はあ、興奮する」
「スゥ……(息を吸う音)」
言葉を失うとはまさにこのこと。このタイプの変態は何を言っても無駄だとトワの直感が訴えた。実際にこの男に何を言ったところで、興奮されておわりである。変態はメンタルが強いのだ。
「アナタはこの街で最近、行方不明事件を起こしている犯人ですね? その石膏像も、最近居なくなったエリーゼ・ルックそのもの」
「よく分かったね。いや、ここまでくれば分かるのは必然か」
じりじりと近寄って来る男に比例してトワも後退する。
相手は男で魔法が使える。対してトワは女で魔力無し。力量はあちらが上。グリムがいるとはいえ、油断はできない。
「どうして僕から離れてるんだい?」
(そんなの、アンタに近寄られたくないからに決まってるだろ!!)
トワの思いや感情はいくら伝えても無駄で、相手に響く様子は無い。
彼女の嫌そうな表情に本気で理解してないような表情を返す男は見た目が普通なだけに、とても異質に映った。
「どうしてそんなに嫌そうなのかな。みんなそうなんだ。僕は美しいひとにしか一目惚れしないよ? 自分は美しくて選ばれたのにね。誇ればいいのに。その美しさを石膏像として永遠に保っていられるなんて、光栄なことだろう?」
サイコパスだ。この店主の男は変態で、どうしようもないサイコパスだった。トワとグリムの思考はリンクした。
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