作品No.2 石膏に恋する男

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 さて、男のはなしをしよう。この街は芸術。特に像を創るのに特化した街である。  そんな場所に産まれた彼は、とうぜん芸術に浸かる人生を歩みはじめた。  子どもの頃から毎日女性の石膏像と、石膏像を作るための資料の裸体画ばかりを眺める日々。  ある一つのことを極めた芸術家とは、よりリアルに、より(なま)めかしくといった具合に作品にこだわりを魅せてくる。そのこだわりを見てきた男は、いつしか『平凡な彫刻家』から『女性の石膏像に恋をする男』に成長(しんか)した。  まいにち石膏像をつくり、自分の好みの女性になるよう石を削り研磨する。そして出来上がればそれを愛でる日々。ときには自慰(じい)することもしばしば。  それだけならばまだよかっただろう。なんせ誰にも迷惑がかかっていないから。  しかし、今日も今日とて石膏像を愛でていた彼は、石膏像(コイビト)の顔を見て気づいてしまった。  自分は石膏像の身体にばかり執着し、顔を疎かにしていたことを。  前述のとおり、男は惚れっぽくって芸術肌。そして一人の芸術家であった。彼にも彼なりのこだわりがある。創作活動だけでなく、女の趣味にも強い強いこだわりを持っていた。  顔。顔だ。どんなに豊満スレンダーボディでも、どんなに体のラインが美しくても、顔が駄目ならすべて駄目。世に生きとし生けるすべての女性に軽蔑されるような思想を彼は持っていたのだ。  そんな感じで失礼さと彼女いない歴に磨きをかけていた頃。リアルの女になぞ惚れられぬ。やはり石膏像(推し)しか勝たないとどこぞのオタクみたくなっていた彼に、春がやってくる。  ―――彼は現実(リアル)の女に一目惚れをした。  その女は顔が美しく、身体も締まるとこが締まっていて、出るところが出ていた。なんかいいニオイもした。すべてが理想。すべてが眼福。理想郷がすぐそこにある。  男は舞い上がってすぐにその女性を元にした像を彫り始めた。毎日カンカン石を削る。あの女に少しでも近づくように。  だけれど、どんなに彫ろうが何体創ろうがなかなか彼女に近づかない。 『なぜ、なぜ、なぜ彼女にならない』  男は頭を悩ませた。  彼女が好きで好きでたまらないのに。 『どんなに創っても、彼女足りえない』  男は頭を抱えた。どうしようもなく彼女が愛しいのに、彼女は創れない。 『どうしよう、どうしようか』  徹夜で朦朧とする意識。弱った精神。難しいことが考えられない頭。恋に溺れた憐れな男。この要素が化学反応を起こし爆発した結果がこちら。  ―――アそうだ。  彼女を石膏像にすればいいんだ。  自分で創れないならオリジナルをトレースすればいい。そうしたら自分で表現できなかった彼女の魅力をそのまま形にできる。  その思考が降りてきた日、彼は『女性の石膏像に恋をする男』から『生身の女性を生きたまま石膏像にするサイコパス』に変態(しんか)した。 「僕はね、君が好きなんだ。好きで、好きで、君を心底愛してるんだよ」  男はまるで自身が劇の主人公であるかのようにトワに語りかける。自分に酔ってるともいう。 「キモチワルッ。好きだ愛だと抜かしてますけど、この石膏像たちに恋してたのでは?」  哀れにも石の身体にされた彼女たちを指摘すると、男は甘い声をして柔和に微笑む。 「ヤキモチかい? この子たちは流行りを去ったからね。大丈夫。今は君に一途さ」 「エッもっかい言ってくれません?」 「ヤキモチかい? この子たちは流行りを去ったからね。大丈夫。今は君に一途さ」 「???」  恐らく、男の言うとこの『流行り』とは男の理想のタイプの女のことだろう。理解したくないし、まったくわからないから、トワは勝手にこう定義づけておく事にした。  では、果たして『一途』とはなんぞや。男はつい数秒まえに「一途」と言わなかっただろうか。否、言った。絶対言った。だって二回言わせたから。  今はということはいずれ一途でなくなる未来がくることを指している。一途。一途って、恋愛では一人しか愛さないとかの意味合いではないか。『今は』と『一途』は意味的に一緒に使うのは文法間違ってるのでは?   これを聞いたトワと、ついでにグリムの思考は宇宙へトんだ。 「さて、お話は終わりにしようか」  スッと杖が向けられる。  トワは緊張でたらりと汗を一筋すべらせた。頭の中は『話題話題話題をだせ時間稼ぎしろ並行思考だ僕ならできるやらなきゃ死ぬ』と大混乱だ。 「な、なぜ僕なんです!」 「お話は終わりだと言っただろう?」 「これからモノ言わぬ石膏像になるんです。知る権利ぐらいはあるでしょう?」  彼女の言い分に男もそれもそうか、と納得した。所詮、冥土の土産というやつ。 「まず、顔が美しい。色白で色素が薄く、儚い印象を与える。それと体。僕は女性の横から見た腰の反りがたまらなく好きなんだよ」 「腰の反り……」  腰の反りがいいなどはじめて言われた。すごい褒められてるのに素直に喜べないどころか悪寒が増す。トラウマになったらどうしよう。そう思った。 「ああでも、胸が駄目だな」 「あ"?」  それはひっくいガラの悪い声だった。他人へは丁寧口調がデフォルトなトワが思わず濁点のついた声を出してしまうほど、胸の話(それ)はいただけない発言だった。 「む、胸が、なんですって?」 「いや君、背面は曲線が美しいんだ。でも前から見るとあまりに凹凸(おうとつ)がなくて……いや、(へこ)みはあるのか?」  男はトワの胸の辺りをようく観察してから言い放った。このことから凹んでるのは腹ではなく胸であることが嫌でも察せる。  胸が『無』であるのはトワも悔しいが、心底悔しいが認めていた。しかし凹んでるとは?  真っ平らがゼロであると仮定して、凹んでるのはマイナス。つまり男のなかではトワの胸は無いより下、下の下だと思われているってこと。 「ほかはパーフェクトなのに胸だけで台無しだ。石膏像にしたあとは多少修正が利くから、ここは盛って―――」  トワの胸の内に、メラメラと憤怒の炎が灯る。いや「灯る」では生易しい。だ。  好きだ愛してると言っておきながら、気に入らないところは修正。産まれたまんまを愛しはしない。それの何が『恋』で『愛』なのか。  なにより、地雷を踏み抜かれた。コンプレックスの胸を貶しでダイレクトに刺された。実家でも精々「やーいまな板」ぐらいだったのに、凹んでる? 抉れてるとでも?  ―――赦さん。  誘拐監禁を恋の盲目さ故にゆるす傲慢。産まれ持った特徴をチャームポイントと捉えられないちゃちな度量。相手の体を同意なく石にし、体の一部を勝手に改竄(かいざん)する暴挙。  そのどれもが邪智深くて罪深い行為。  かの大罪人を罰せねば、人生に大きな悔いが残る。それは、トワのプライドが犯罪者への恐怖に打ち勝った瞬間だった。 「―――ろ」 「ん?」 「悔い改めろ!!」  ガッツン!!  トワは「ウラァ"ッ!!」と渾身の一撃を御見舞した。両手で額の端をもち、横に見事なフルスイング。  男は吹っ飛び、頭上に星を見ている。その吹っ飛んだ男にトワはツカツカ近づき、上から下にと額縁を男に振り下ろした。 「ふざけんなふざけんな!!」 「ちょ、イタッ」 「久しぶりに屋根のある場所で休憩だったのに、魔法陣買えていい気分だったのに!!」 「イタタ、ちょほんとイタイって」 「せっかく宿に泊まって店に貢献したのにその客にこの仕打ちか!? 誰がAAA(トリプルエーカップ)だ、ボクの胸は抉れてなんかない!!」 「カド!! カド当たってイッダ!!」 「ちょ、トワちゃん俺で殴るのマジ……ブフッ、ブワハハハハハハハ!!」  これには空気を読んで黙っていたグリムも大爆笑。トワは男を癇癪おこしながらバンバン叩いた。比率は制裁三割、八つ当たり七割であった。
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