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「はあ、はあ、はぁ"〜〜〜〜。グリムさん」
「あいよ」
「彼に席を用意してもらっても?」
「どんな場所がいーい?」
「景色がとびきりよく見える特等席を」
「おっけぇ」
グリムが魔法つかいらしくキラキラしたエフェクトと共に出した筆をかざす。
「collage」
命令が下ると、くたりと星を見上げていた男はひとりでに浮かび、壁に貼り付く。意識の戻った男が手足を動かそうとしてもびくともしない。
「な、なんだこれ……体が動かない!」
「ハ、そこの彼女たちも一言一句、アナタとおんなじ事思ったでしょうね。さて―――」
トワはポケットからある紙を取り出すと、同じく取り出したペンで描写しはじめる。それは、その紙は、この街に住む男がよーくよーく知っているものだった。
「あ、な、なにを……なにをする気だ?」
「おや、ボクのする事が分かってしまいましたか。そんなに震えて、これから起こる事象が震えるほど楽しみなんですね。さあ、Showに悲鳴をあげる準備はよろしくて?」
「待って! やめ、やめろーーーっ!!!」
トワは取り出した紙を石膏像にペトリとつける。紙が石膏像に触れた途端、その場所から石の部分だけがパリンと割れ崩れた。いや、割れるなんて生易しい。
粉砕だ。石膏部分はもとの形を一切想起させる事がないくらいズタズタのモロモロに粉砕された。男は壁の特等席でそれを直視し、汚く啼いた。
「あ"ーーーーっ!!」
「そんなに喜んでもらうとやる気が出ますね。もうひとつ行きましょうか」
パリンッ。
「ア"ーーーーッ!!」
「それ」
パリンッパリンッ。
「イヤ"ァ"ーーーーッ!!」
「あーっはっはっは!!」
例え男の中の女のブームが去ったとしても、大切に地下に飾っておくぐらいには石膏像はみな等しく宝物に思っていた。それが今、無残にも砕け散ってゆく。さらば男の恋たち。トワは世界を手に入れた魔王が如く高笑いしながら項垂れた男を見下した。
「目を逸らさないでしっかり最期を見届けなさいな。アナタの恋なんでしょう?」
「あ、ああ……やめて、やめて」
「なんです。アナタ、現一目惚れ相手のやる事を否定するんですか」
「やだ……や"だ」
「やだじゃない。ほらほらこの魔法陣、矢印と範囲指定の式を書き換えてみたんです。そしたら石がこんなにモロモロ。中の人間には傷ひとつつかない。素晴らしい!!」
男はトワの台詞に反応を示さず、耳をふさいで目を逸した。その反応が不服で、男の顎をひっ掴んで現実、三次元を見せつける。
「ほら! なっさけないツラしてないでしっかり見てくださいよ! どうして泣いてるんです? 無様すぎて愉快になってきました。ボクが改良した魔法陣の感想は? だから目を逸らすな。はやく現実見ろよ!!」
もうどちらが悪役なのかわかったものではない。傑作たちが全て壊され戦意喪失した男には、もはやトワ達をどうこうする気力は無い。対するトワは、自身のコンプレックスを押した相手が涙でべしょべしょになってご満悦である。はーっはははと高らかに笑う彼女にグリムも生ぬるい笑みをした。
「はー、気が済みました」
「それは良かったね〜。さておじょーさん、この後はいったい何がお望みかな?」
ひとしきり笑ったトワはグリムの問いに思案する。このど変態ど畜生をこのまま通報してもいいが、それだとちとつまらない。というか、それでは制裁が足りない。女の恐ろしさをもっと知らしめてやらねば彼女の気が収まらなかった。
ここで肝なのは、恐ろしさを知らしめるのが石膏像にされた彼女達ではなく、トワ自身のためという所。
「そうですね……では彼を彼女達のように素敵な芸術にして差し上げてはどうでしょう」
「お、いいね! どんなのがいい? 前衛的なのがいいかな。アバンギャルド的な?」
「よくわかりませんが、好きにして下さいな」
「かしこまり〜」
貼り付けを解除された男は床にボトリと落ちた。力なく地べたに座り込み上を見上げれば、薄らと残った理性で「ア、気絶したぁい」と思った。それほど、見上げた二人の顔が悪魔のように見えた。
※※※
ざわざわ。
朝早く。何やら外が騒がしい。人々の喧騒を聞きながら暫く、トワはベッドから起き上がる。
「お、トワちゃんおはよ〜」
ユルユルなあいさつをされて、トワも寝ぼけ眼でそれを返す。隣に置かれたサイドテーブルでは、グリムが筆から何やら絵の具の様なものを出してうねらせて遊んでいた。
「外が煩い……」
「昨日の外のアレが見つかったんじゃね? 俺の逸脱したハイなセンスに街の人たちがだつぼーしてるんだよきっと」
ちょうちょを目で追ってそうな顔から真面目な表情に移行するグリム。トワは昨夜生み出された彼の作品(笑)の事を思い出し、ぐふりと一笑いした。
『ぼくは石膏像にしか欲情できない悲しき男です。あまりにも彼女ができなくて、女の子を拐いました』
概要と書かれた札に長々書かれたそれ。その作品名の後ろには横に大きなパネルと、そのパネルの中央に空いた穴にしおしおな顔をはめ込んだ宿屋の店主の男の姿があった。
それは旅行先でよく見る顔出しパネルのようで、パネルには店主の男が複数描かれており、そのどれもがキメ顔で、なんか変なポーズをとっている。作品名は『格好いいぼくに酔いしれるぼく』。どんなポーズなのかは作品名から察して欲しい。
「俺一回ああいうの作ってみたかったんだよ。チョー満足。観光名所にしてほしーわ」
「んふ、観光名所……んふ、んふふ」
「昨日からめっちゃツボるね、ウケる」
グリムが創り出した作品は店主の男の店前にドンッと置かれていた。あんまりにも堂々と飾ってあるもんだから、街の人々がやんややんやと集まってきている。
街の人々の反応は男に引いたり、怒りを向けたり、概要を読んでヒソヒソ言い合うなど様々。その中には被害者の女性やその家族達なんかもいて、こちらは思いきり笑っていたり怒っていたり、なかなかにカオスであった。
石膏から解放された女性たちには一応全員に声をかけ、事情を説明してから一晩宿の空き室で寝かせておいた。石膏像から解放された直後は意識が朦朧としていたりパニックになったりしていた彼女達だが、朝早くからあの男を見て爆笑してる声を聞くに、どうやら元気百倍ぐらいありそうだ。
「あとはあの女性たちや街の人たちが然るべき、更なる制裁を加えてくれるでしょう」
「ウンウン。もう俺らは御役ごめん。やることも思い残すことも特にないね!」
「ええ、そうですね。次の場所へ旅に出ましょう」
思い出すのは昨夜、流れで助け出した女性達に泣きながらお礼を言われたこと。別に正義の為にやった訳じゃないが、感謝される事は満更でもない。寧ろ、今まで役立たず扱いされてきたトワにとっては至極、嬉しい事であった。
彼女は更に魔法陣を集めて研究し、自分を見下し仇なす敵をメッタメタにできる魔術師を目指して頑張ろうと改めて思った。
そんな事を思っていると、とりあえず朝ごはん食べる? とグリムが首を傾けたので、彼女はひとつ伸びをしてこう答えた。
「とりあえず、スープはポタージュ以外で」
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