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人が歩き続ける距離には当然、限界がある。今まで屋内にこもり、ろくに外に出てこなかった者なんかは特に限界がすぐ見える所にあるだろう。そう、彼女の様に。
「今日は、ここで、野宿、です……」
トワはもうヘトヘトだと地べたに尻を付ける。服が砂で汚れるとかそういう思想は旅に出たときから捨て去った。旅に出たら砂どころか雨風泥で何処かしら汚れるものなのだ。
「く、足が痛い……」
「大変だね――筋肉痛」
グリムが他人事のように言うので、トワは恨めしそうに唸った。
足を擦りながら思い出すは旅に出る前までの日々。トワは今まで遠出をした事がなく、ずっと座って勉強しているタイプだった。
幼少期はお転婆娘でよく庭を駆け回っていたが、王子殿下と婚約が決まってからはそんなことも無くなった。体力と脚の筋肉を養う場面が余りにも少なかった為に起きた弊害である。
「うぅ、いったぁ……グリムさん、魔法で筋肉痛治すこととかできないんですか?」
「駄目だよ。魔法で治してまた歩いてを繰り返したら体を痛めちゃうからね」
グリムはキョロキョロ辺りを見回し、いい感じの木を見つけるとトワを誘導した。
「よしよし、今日はここがキャンプ地だ」
「あぁ。あれの出番ですね」
「ふふん、街で色々買い揃えたからね。俺のセンスの良さ、じっくり御覧じろ!」
額縁の中から布をズロロロと取り出す。それはいつか煤だらけの宝箱から見つけたベッドキャノピーだった。
「これ、ここに摘む用の紐が付いてんの。これを上まで摘み上げてぇ」
「摘み上げる……こうですか?」
トワは言われた通り、紐を摘んでクンッと腕を上げた。
「そいで、手を引き上げるみたくして離す」
「引き上げるみたく離す。えい」
手を離すと、ベッドキャノピーのてっぺんはトワの頭上でふわんと浮かび、そのままの高さで固定される。一見すると見た目はテントの様で、とてもベッドの天蓋部分だとは思えない出で立ちだった。
「支えが無いのに自立してる……いったいどういう原理なんだ」
「それを知りたいならベッドキャノピーに縫い付けられてる魔法陣の解読から始めなきゃね。まあまだ読み解くのは難しいだろうけど」
グリムを抱え、ほんのり明かりが灯ったキャノピーを捲る。布で遮られた向こう側は、ほんのりオレンジ色の照明と丁度よい温度でトワ達を出迎えた。
「わ、わぁ〜!!」
外から見た時より明らかに広い空間。取り揃えられた小綺麗な家具。設置された本棚には、街で買った本が仕舞われており、その隣には机と実験道具の様なものが置かれていた。
「なんですかこれ、なんですかこれ!」
「色々気合いれて頑張っちった」
嬉しさと感動で興奮するトワ。そうそう、この顔が見たかった。こういう反応が欲しかった。グリムはトワの様子にご満悦である。
「元々、ベッドキャノピー見つけてからこういう使い方しようって思ってたからね。中の拡張魔法をちょいと弄って広さを足して、家具を置きやすくしてみたよ。あとは街で見繕った家具を置いて〜、本棚、勉強机と実験道具は師匠から弟子へのプレゼント〜」
ああ、持つべきものは羽振りのいい師匠。トワは余りの感激で筋肉痛を患っているのを忘れた。
実はこの二人、前回立ち寄った街で折角だからと自国の情報を情報屋に売っていた。
情報屋とはだいたいどこの国、どの街にも一軒はある様な店である。買うも良し、売るも良し。来るもの拒まず去るもの追わずな情報屋は、たとえ「あすこの店の料理はクソ不味かった」とかいう情報でさえ買い取ってくれる。
旅に出る直前、トワは『国の弱みを他国に差し出し、仲良くはんぶんこして欲しい。骨も残らず啄まれて欲しい』などと言って故郷の情報をかき集めていたと思うが、その時のが結構高値で売れたのである。
反逆罪? 情報屋は守秘義務があるとか、客の情報を勝手に流すと爆発するとかでバレない仕様だ。そもそもトワは冤罪で指名手配中だったし、多分もう亡きものとして扱われているので気にしなかった。
さて、情報を売ったその金でグリムが『キャンプに必要なものを買おう』とか言いながら寝具の売ってる店を指差したのでハテナを背負ったが、なるほどこの為かと納得。
「今日は一晩ここに留まって、明日出発。周辺の国や地理は多分俺よりトワちゃんが詳しいだろうから、地図を見ながらルート確認しておこう。いいね?」
「うん!」
「素直でよろしーい」
彼女は未だキョロキョロと辺りを見回している。よほど部屋が気に入ったのだろう。あんなに喜ばれると用意したグリムもまったくかわゆい弟子め、と嬉しくなってくる。
「ほらほら、そこの椅子に座って。足を休めながら地図眺めようね。無理やりに動かしたりするとマジ、洒落になんないから」
「はーい」
※※※
広大な高原と森が広がる大地。それは長い川に縦に分けられ、やがてその川は三つに別れる。別れた川の先にはそれぞれ国がある。
「ええと、 一番左は情熱の国、中央は幸せの国、一番右は愛あふれる国……ですか」
「それぞれどんな国かとかわかる?」
「一応知って知ってるには知ってるんですが……」
トワは頭の中に入ってる情報を引き出す。割とすんなり出てきたそれは、すんなり出てくるだけの理由があった。
「基本の情報が少ないんですよね。ボクもそこまで詳しく調べてた訳じゃないですし」
「ふーん。少ないってどんな?」
「情熱の国は熱気のつよい国で国民はみんな活気に溢れている。幸せの国は国民の全員が幸福。愛あふれる国は慈愛があふれる国」
グリムは続きを待ったが、会話は慈愛が溢れる国で止まったまんまになった。
「……それで全部?」
「ええ。これが家にあった雑誌に書いてあった文面の全てです」
「マジ? 俺困惑しちゃうんだけど」
国より国民性重視に思える内容。いったいどんな雑誌のなんのコーナーにそんな適当が書かれたのか。グリムにはそっちのほうが気になった。
「"幸せ"だの"愛あふれる"だののワードは少し寒気と嫌悪を感じますね」
「あ〜、それっぽいわぁ」
愛や幸せ、幸福は聖女がよく使うワードである。ただでさえ性格が捻くれ、友情やら愛やら偽善らしい言葉が嫌いなトワ。聖女を想起する要素が加わったことによって中央と右の国に行きたくなくなる。
「よし、情熱の国に行きます」
「ん、そだね。そこが一番マシそう」
グリムも乗り気であるし、情熱の国に向けて歩みはじめる。トワは頭の中に、まだ見ぬ国の情景を思い浮かべていた。
熱気に溢れ、活気に溢れた国。きっと騒がしく、されど賑やかしくて、きっと辛い料理や情熱的な踊りでもてなされちゃったりするんだろうな――と。
「情熱の!!」
「国へ!!」
「ようこそ!!」
国の門。トワとグリムの前には有象無象のムキムキ達。日焼けた肌と白い歯のコントラストを輝かせて笑っている。トワは何も言わず踵を返した。
「お客様一名ご案内だ!!」
「いらっしゃいませ!!」
「お客様じゃない。お客様じゃないから離してくださ……力つよ!」
「ははは、お嬢さん、声量が足りないぞ!!」
あまりのむさ苦しさに逃亡を図ったのだ。が、しかし。ヒョロッちいトワにはムキムキから逃げる手段は無い。ズリズリと門の向こうへ引きずり込まれていく。
「お嬢さんくらいなら四ヶ月コースだな!!」
「はコース?? いったい何の話です??」
「服は動きやすいのを無料で貸し出してるぞ!!」
「いやだからっ、何の話を、」
「さあ、素敵な筋肉を手に入れよう!!」
「本当に何の話!!?」
マッチョ達は矢継ぎ早に話しかけ、隙を与えないようにしていた。トワの首根っこを子猫を摘むみたいに持ち上げて、ある建物内に運んで行く。室内にはまたムキムキな女性がカウンターに座っていて、トワを見てニッカリ笑った。
「汗と筋肉が恋人の国、情熱の国へようこそ」
――そこからが彼女、トワの四ヶ月間の地獄の始まりであった。
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