作品No.0 絵画を背負った旅人少女

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「おい、生贄を連れてきたぞ!!」 「いった、もっと丁寧に扱って下さい!!」  はてさて、トワとグリムが連れて来られたのはこの街の大聖堂。多くはめ込まれた青系統のステンドグラスが売りの、街いちばんの観光スポットであった。  その大聖堂内の中央には女こどもが集められており、その誰もが手足を縛られてはいない。 (けど、これだけ体格のいい見張りに囲まれては逃げる気にもならないか……)  出入り口にはもちろん、自分たちのすぐ側にも、トワを引きずって来たのと同じぐらいのムキムキがいた。女こどもでは逃げ出したところで直ぐに捕まるだろう。 「ねぇトワちゃ――むご」 「ちょっと静かに。絵の振りしてて下さい」  グリムが話しかけるとすかさず胸に押し付けて黙らせる。その様子にムキムキが気づいたようで、近づいてくるのに舌打ちをした。 「お前、なんか男隠してないか?」 「男を隠す? なにを言っているのかボクにはさっぱり分かりませんが……」 「可笑しいな、声が聞こえた気がしたんだが……そのローブの中とかに」 「いません」  きっぱり否定する。こういう場面は迷いを見せると怪しまれるのだ。トワは澄まし顔でもう一度「いません」と畳み掛けた。 「……その抱えているものを見せろ」 「はい、どうぞ。ああでも見せるだけです。手渡しはしませんから」  やはり先程から抱えていた絵が気になったのだろう。  トワはグリムのほうを男へ向ける。絵の振りをしていろと言われたので、グリムはすっかり絵の気持ちになって、額縁向こうでじっとしていた。 「ふむ、ふつうの絵だ……」 「そうでしょうそうでしょう。これは全く、どこをどう見てもふつうの絵です」 「よこして見せろ」 「いえ、いいえ。駄目です。これは亡き兄を描いた父の形見なんです。片時も離れたくないんです。勘弁してください」  いっそ清々しいまでの嘘である。  彼女に兄はいるがまだ生きてるし、父もまだ生きていた。なんなら彼女は父も兄も大嫌いだ。まだ牛乳を拭いた布のほうが愛せるレベルで大嫌いだった。  トワが今まで辛酸(しんさん)()めてきた記憶を思い出し、悲壮感を顔に乗っける。  彼女は図太くて性格が(ひね)ているが、見た目だけはピカイチであったので、ムキムキは簡単に騙されて身を引いた。 「はぁ〜、よかったぁ」 「俺、トワちゃんのお兄ちゃんだったかぁ」 「違います」 「お兄ちゃんって呼んでもいいよ」 「ぶん投げますよ」  小声でグリムが茶化すのでトワの目は荒む。まあでも、実のクソ()よりはマシかなと感じるあたり、自身の身内、やっぱクソなんだなと染み染み思った。  ちなみに、ムキムキにはトワがただの絵に話かけているように見えているので、哀れな子を見る目つきをしていた。 「ね、これからどーする?」 「そりゃあ逃げますよ」 「だよねぇ。俺もここいたくねー」 「マ、ここ完全にですもんね」  座り込んだ地面をふたりして見る。  ぐるりと周囲を走る円、その中に描かれた複雑怪奇な模様。 「」  潜めた声が重なり合う。  トワはある可能性に行き当たって顔をそりゃあ(しか)めた。 「先程、生贄とか言ってましたよね」  魔法陣、生贄。このワードで閃かないやつは、相当の田舎もんか学の無い野生児である。 「交換魔法か、うん。こりゃあ生贄を何かに捧げる為の魔法陣なんだろーね」  交換魔法は、なにかを対価になにかを得る魔法。対価が貴重なものであればあるほど、量が多ければ多いほど、大きなものを得られる。 「俺たち含めて、みぃんな生贄なんだぁ」 「さっさと逃げたい……ボクこの街に関係無いし。一切関係ないし」 「そこで『ここにいる皆助けよう!』とか言い出さないとこ、俺すきよ」  妙に嬉しそうにするグリムに、ひとこと文句を言おうとした、その時だった。  ――ガタガタガタ!  揺れはじめる地面。建物が軋み、細かい屑が降ってくる。地震が起きたのだ。 「おお……」 「なになに、何事ですか!?」  揺れは長く続き、外からも大勢の人の叫び声が聞こえる。その声はもちろん、大聖堂の中からも聞こえてきた。 「いやああああ!!」 「嗚呼、また……お怒りだ……。神様、神様」 「うわあああ、世界が終わるんだ!!」 「お許し下さい、お許し下さい」  みなが口々に神様、だのお許し下さい、だのと言って祈りを捧げるポーズをとっている。この景色はグリムにとっては異様で異常だった。 「なあにあれ、割れたステンドグラスに刺さりたい人の集まり?」  グリムはトワにフードをかけてやりながらドン引きする。この場の誰より落ち着いた行動をしていた。 「言ってる場合か!? なんでアナタはそんなに落ち着いてるんですか!!」 「生きてる年月と踏んできた場数の賜物(たまもの)〜」  こんな時にまで態度を崩さないその姿勢にトワはむかつきを覚えた。グリムのこれは強者の余裕。この場に起こる現象をなめし腐ってるのだ。 「あのねえ、地面が揺れてるんですよ!? 自然現象ぐらい恐れろ!!」 「うーん、このぐらいの揺れならよくあるよくある〜」 「いや確かに最近よく地震が起きますが――」 「おお、偉大なる神よッッ!!!!!」  そういう事が言いたいんじゃあない。  言いかけた続きは、男のでっかい声にかき消され宙に浮いた。 「嗚呼、嗚呼、もはや我々には一刻の猶予も無い!! 速やかに(にえ)を捧げる儀式を遂行せねば」  揺れがおさまった頃、祭壇にいかにも祭司風の男が現れた。手には長い杖を持ち、顔全体を覆うマスクをしている。  胡散臭(うさんくさ)い雰囲気が全面に出ていて、トワはグリムを抱きしめてウワァと鳴いた。 「さあ、贄は満ちた。これより我らが神様に魔力を捧げ、この地をお救いしてもらいましょう。大丈夫、皆さまは何も不安がらなくてもよいのです。眠っている間に神様の元へ行けますから」  カンッカンッ!  杖が石の床を叩きつける鋭い音が反響する。それが鳴り止む前に杖からは薄ピンク色の煙がもくもくとわき出てきた。 「うわなんか出た!!」 「ア、見張りみんなガスマスクしてら」  トワがバッと顔を振れば、屈強なムキムキ達はグリムの言ったとおり、ガスマスクを装着していた。完全フル装備である。 「いやいや、これ吸ったらやばいやつですよねこれ、絶対やばいやつですよね?」 「あは、麻痺薬かなぁ〜。睡眠薬かなぁ〜」 「ちょ、呑気に言ってる場合じゃ ――」  辺りをすべて煙が覆いきった頃、誰の声も聞こえなくなる。  煙が晴れたあとに残っていたのは魔法陣の上の倒れた人々。みなぐったりと横たわっており、ピクリとも動かなかった。
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