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「魔法薬はしっかり効いているな……魔法陣を発動させる。陣の中央に贄を寄せろ! いいか、人数が足りなければ成功しない。必ず一人残らず陣に入れるんだ!!」
ムキムキ達は『ハッ!!』と何処かの軍隊みたく敬礼をして行動をおこす。
きびきびと寝っ転がる人を中央にうごかす男たち。そのうちのひとりがふと、ある一点をみて動きを止める。
「んー?」
その男はトワに絵について聞いてきた男であった。
彼はトワのいた場所を凝視するが、そこに彼女の姿はない。まぶたをこすってニ、三回みてもいない。
「ここにいた絵を持った女しらねぇか」
「キャンキャン吠えてた? いないのか」
「……いねぇ、どこにもいねぇぞ!?」
「に、人数が足りねぇとやばいんじゃ……」
「騒がしいぞ、何事だ」
人数が足りないことに狼狽えた男ふたりに祭司風の男が近寄ってくる。
ふたりがトワがいない事を伝えると、鬼の形相で杖を突き立てた。あたりにカンカンとうるさく響く。
「贄が足りないだと!? 探せ、あたりをくまなく探せ!! 贄が足りなければ神様が呼べないではないか!!」
探せと男が連呼するも、絵を持った目立ちまくりの少女など見当たらない。
「一体どこへ……あの魔法薬は目覚めたとて動けないはずだ。なのになぜ――」
――カコォーーーン。
「ア、やべ」
石を高いところから落とした音と、思わず出たふうの間のぬけた声。ムキムキ達は一斉に顔を上げた。
荘厳なステンドグラスの手前に位置する、二階の廊下部分。そこには探していた少女が絵を抱え、中途半端な姿勢で立っていた。
「い、いたーーーーーー!!!」
「な、バ、バレた!!」
「んんッ!! なんちゅうベタな!!」
グリムは肝心なところで偶然にも小石を蹴っ飛ばし、盛大に音をたててしまったトワにらなんかのコントかと爆笑した。
「ひあははは、ほんっとサイコーだよトワちゃん、クッソおもしろいわあはあはあは!」
「ボクはまっったくおもしろくない。むしろ心底サイテーな気分だ!!」
トワは思った。大聖堂の二階ぶぶんに石なんか上げんじゃねー。掃除しとけやと。
しかして、煙に紛れてトンズラしようとしたトワの作戦は、あえなく失敗に終わってしまった。
さて、煙を吸ってもなおピンピンしているトワに男たちは呆然。祭司風の男は唖然としていた。特に後者の方はあごが外れそうであった。
「な、なぜ動けるんだキサマ……!!」
「なぜ、と言われましても」
「あの煙はワタシ自ら配合した魔法薬だ!! それをマスクも無しになぜ」
男は焦った。あの煙に使われた魔法薬は男が三日三晩かけてつくった手製の自信作である。それがまったく効いていない人間がいるなど、彼のプライドと自尊心が揺らいでしまう事実である。
「おっさんもしかして魔法至上主義者〜?」
「は、エ、絵ッ!!」
「なんかはみ出てるぞ」
「怖い!!」
「怖くないよぉ〜」
トワたちを見上げる男どもは、額縁から上半身だけ飛び出したグリムをみて、驚愕の声を上げる。そんな男たちを無視して、グリムは辺りのにおいを嗅ぐ。
「すんすん。なるへそ。ユニコーンユリの角、ミント、マンドラゴラ、月虹樹の樹液にバラ乙女の涙……これさぁ、生物の魔力に作用して痺れと眠気を誘う魔法薬だよね?」
そりゃあ、この子にゃ効かないよ、とグリムが歌うように言葉を紡いだ。
彼は額縁から身を乗り出し、トワの頭を抱きしめ、ニヤリと笑う。
「だって、この子に魔力なんて無いもの」
この一言に、一斉に「はあ!?」と野太い声があがった。
「マ、そういうことです。だからボクにその魔法薬は無効。ザマァみやがれ」
トワはんべ、と舌を出した。
トワには神にすがる男たちが分からない。
生贄がどうとか、神様がどうとか。彼女にはどうでもよかったし、そもそも神様が嫌いだ。
自分のことは自分で面倒みる。自分のケツは自分でふく。自分の見たことしか信じない。そんな信条をもつ彼女は、他力本願する輩が理解できなかった。だから、神様だとかに他人を差し出して救ってもらおうとするこの集団が、心底受け付けない。
つまり何が言いたいかというと、彼らを軽蔑し、格下認定したのだ。
「ボクはただの魔力なしの旅人ですので、この街が滅ぼうが何しようが、ボクには一切合切関係ありませんね」
もう居場所もバレてしまったことだし、いっそ清々しいほどにふんぞり返る。格下認定したのも、その態度をより小馬鹿にしたものにさせた。そんなトワの態度に、下からブーイングの嵐がとぶ。
「態度悪いぞ魔力なしが!!」
「そうだそうだ魔力なし!!」
「人でなし!!」
「胸もなし!!」
「誰だいま胸もなしって言ったのは!!」
「エそこ?」
魔力なしは魔力を持たない人間にとって酷い差別用語である。が、トワには「胸もなし」のがよっぽどダメージがはいった。気にしてるのに。めちゃくちゃ気にしてるのに。
大聖堂には「むーね無し、マーナ板、整備済みの道」と訓練されたかのようなコールが反響している。トワは激怒した。
「ふ、ふふふ。怒りましたよ。ええ、ボクは怒りました。目にもの見せてやる」
「魔力なしが何を見せるってんだ?」
「魔法がなきゃあなんにもできないだろ」
男たちは手を叩いて道化を笑う。
それは下品な笑い方。海賊が酒場であげるような嘲笑い。
彼らもまた、彼女を侮り、貶し、下に見ている。弱者として見ていた。
「グリムさん」
「ん、なあに?」
トワは、羽根のように軽い絵画を持ち上げ、グリムと目線をあわせる。
陽の光が差し、ステンドグラスの色を向かい合うふたりに透かす様は、どこか神聖であった。
「お願い、聞いていただけますね?」
「はは。いーよ、叶えてあげる」
トワはポケットから紙を取り出し、片手に掲げる。
胸元には、いつの間にか懐中時計のようなものが、リボンとともに揺れていた。
「おいおい、なんか紙かかげてるぜ」
「そんな紙きれで何しようってんだ?」
「白旗か? 降参ってか」
「……アナタたち、ひとつ勘違いしてます」
男たちは笑うのをピタリとやめ、大聖堂は静寂に包まれる。
彼らは、人をさらって平気で生贄にする様な輩であるため、人々の負の感情に聡い。
幾人もトワと同じように追い詰めては、地の底に落としてきた。その際にはみな一様に動揺し、絶望し、心を揺らしていた。
だのに、彼女からは動揺や絶望が感じられない。今度は男たちが動揺する番であった。
「ええ認めましょう、宣言しましょう。ボクは確かに、忌々しいことに魔力がありません。これっぽっちも無いのです。でも――」
そう言った彼女に悲嘆の色はない。
あるのはその真逆、喜悦だった。
「誰が魔法が使えないと言いましたか?」
トワはニヤリと笑みを貼り付け、紙を上へ投げた。紙からは青い光が瞬き、魔法陣が空中へおおきく浮かび上がる。そう、おおきくだ。それを見て男たちは顔を青ざめさせた。
「あ、ああ」
「こりゃまずい」
「お、お前、それを発動させたらどうなるか分かってんのか!!」
「は、は、早まるな!!」
トワはきょとんとし、グリムを見た。
グリムが笑顔でサムズアップしたのでニコッと花が咲いたように笑う。
背景におはな畑が見えそうな雰囲気に、野郎どもがほっこりする。よかった、許してくれたと。
「許すわけないだろ。発動!!」
容赦なく叫んだ瞬間、魔法陣から大量の水が落ちてきた。しかも、雨が降るような感じではない。ダムの放流みたいな規模である。やっぱり慈悲なんてなかった。
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