作品No.1 グリム・ウィッチの肖像

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 ほったらかしにされ過ぎて、ガラクタ置き場なのか埃置き場なのかわからない部屋。トワはその部屋の奥の奥に(うずくま)っていた。 「ありえない、ありえなさすぎるッ! ボクが何したって言うんだ!」  地べたに小さくなり、その体勢のまま床を殴りつける。 「酷くないですか!? ボクあんなに頑張って媚びってたじゃないですかッ!! 何が不満だってんだクソが!! アナタも酷いと思いますよねぇ!?」  物置の奥の奥、そこには彼女が唯一自分を曝け出せる存在があった。それは一枚の男が描かれた絵画である。  小さな頃から何かあれば誰も来ないこの場所で、絵画の男に向かって一人で喋っていた。何せ、彼女には友達がいないから。 「許さない許さない絶対許さない」  おおよそのお嬢様は浮気されたうえ婚約者に婚約破棄を言い渡されたら失意の底に沈んで塞ぎ込むか気丈に構えて婚約破棄を受け入れるだろう。  突然だが彼女はプライドが両親の煩悩より高く山を作っている。下手すりゃ宇宙にまで届くだろうそのプライド。それは自我が芽生えたその時より両親兄その他モブより与えられた劣等感から(つちか)われたものだった。  魔力魔力と、高い魔力に胡座(あぐら)かいて逆に魔力以外てんで駄目な集団。彼女は数十年間、こいつらに煮え湯を飲まされるような思いで生きてきては負けるものか、いつか見返し見下し返してやると、復讐のときを虎視眈々(こしたんたん)と待っていた。それがこのザマ。 (この自分に恥をかかせたあの家畜畜生ども、ただじゃ済まさない。死ぬほど後悔させてやる)  彼女はこのまま婚約破棄を受け入れればあちら側がハッピーになる事が容易に想像できていた。  魔力も肉付きもスッカスカで高魔力の個体を産める確率がゼロに近い女と、聖女というブランドをもつ女。欲に塗れたあいつらがどちらを選ぶかなんて、火を見るより明らかだった。  自身の両親だって婚約破棄された詫びとして王族から金を貰い、あわよくばあの聖女から別の聖女を兄に紹介するよう打診しちゃっかり自分の評判も上げる。そうされてみろ、役立たずな女なんざお払い箱。彼女の人生は詰んでいた。 「ハッピーエンドになんてしてやるものか……必ず地獄に落としてやる、晒し者の生き恥さらしにしてやるからなぁッ!! クソが〜〜〜ッ!!」  いま彼女の手元にあるのは(たゆ)まぬ努力で(つちか)ってきた様々な知識と情報。  もし彼女の予想した通りに蔑ろにされようものならこの家、ひいては王族の悪評を各国に売り捌き、国ごと駄目にしてくれようとしていた。  彼女にとって、非魔力保持者を差別の対象としている国民も敵であった。 「根絶やしにしてやるッッッ!!」  婚約破棄の申し入れから国根絶やしを決意したトワはその日から早速国の悪評を集め始めた。  この国、規模はショボいが国と国のちょうど中心に位置するため、割と狙われている。  こんなちんまい国さっさと潰されそうなものだが、その挟んでいる国と国同士がだいぶでかい国なので、ショボい国を巡ってイタチごっこしているのだ。  両方の大国にこの国の弱みを差し出し、仲良くはんぶんこして欲しい。骨も残らず(ついば)まれて欲しい。彼女の思いはこれに尽きた。  彼女は準備が全て終われば国から出ていくつもりであったし、今の王が消えて大国の王の管轄下になればこのゴミ溜めみたいな国も少しはマシになるだろうという考えだった。 「ふ、ふふ……着々と腐った部分が集まってきている。もう少し弱点を集めて売り渡せば後は勝手にお祭り騒ぎしてくれるはず……」  彼女はいつもの絵画の前に座りながら資料を広げてほくそ笑んでいる。絵画の前の床だけは、彼女が毎日の様に座り続けたため埃など一切被っていなかった。  ふと資料から顔を上げ、絵画を見上げる。 「ボクが家から出る時は、貴方も一緒に連れ出してあげますからね」  黒に近い紺色に一部分だけ碧の入った髪。薄く微笑む唇に穏やかに閉じた目。まるで額縁の向こうに本当に生きているかのように男が佇む肖像画。下にはご丁寧に作品名のプレートが付けられている。作品名は『グリム・ウィッチ』。トワの父親が高額で競り落としてきた「なんでも願いを叶える絵画」である。  彼女は額縁を優しく撫でた。 「父はアナタをただ高いだけのなんの価値もない絵だといって此処に放置してますけど、ボクはアナタが大事ですよ」  トワはこの絵が大好きであった。  兄は何かの気配がして気味悪がったが、友達もいなければ気軽に話しかけられる相手もいなかった彼女にとって、その絵の気配はボッチの心を癒やしてくれた。悲しい現実である。 「この倉庫に放ったらかしてあるもの、売ったらどれくらいかなぁ」  出ていくには金が必要だ。国を出ていったあとは旅にでも出ようと計画していた彼女はお嬢様であったが、知識を頭に詰め込む際に新聞をこれでもかと読み込んでいたので世間知らずの箱入り娘ではなかった。  だから、比較的近くて平和そうな国は把握済。金と売る情報が揃えばすぐ出発できる状態だ。  食料を買うためと、旅支度できる程の金を作るため、この倉庫中にある何に使うのか全くわからない魔導具を全て売る事も視野にいれる。 「――様、トワお嬢様!」  換金金額を想像して暗い顔をしていたトワの耳に使用人の呼ぶ声が聞こえる。何やら相当慌てている様子であった。  トワは使用人達も大嫌いであったが、声の様子から切迫した雰囲気を察したため渋々倉庫から顔を出す。 「どうしたんです、騒がしいですよ」 「王子殿下がお呼びでございます」 「ああ、今日は気分じゃないので適当に"今日の王子様は眩しすぎて目が潰れそうだから会えません"とか言っといて下さい」 「いえ……お嬢様を断罪、処刑しに来たと」 「あの、母国語喋って貰っても?」
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