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私は昔、シベリアンハスキーを飼っていた。
多分、5歳の頃だったと思う。
ダイという名前だった。
飛びつくと、父の身長と変わらないほど大きい犬だった。
顔つきも優しい方ではなく、きりっとしていたから、家に遊びに来る友達は怖がって近寄らなかった。
それでも、ダイは私にとって、とても大切な友達だった。
というのは、母から聞いたこと。
私自身、ダイとの思い出はたったひとつしか覚えていない。
あの日の夜のことだ。
このところダイは立てなくなっていて、一日中寝ていた。
原因は、老化。もう寿命が近かったのだ。
ついに両親は、ダイを保健所へ連れて行くことに決めた。
「ミキ。これからお父さんがダイを病院に連れていくから」
「え?もうまっくらだよ?」
保健所、なんて5歳の私には分からない。
母は分かりやすく伝えるため、病院と言ったことを大人になってから知った。
「ダイ、もう歩けないんだって。だから、これから病院で暮らすんだよ」
それが父のウソだと知るのはもう少し先のこと。
「ダイにバイバイは?」
「いやだ!バイバイしない!」
「早く病院に行かないと、ダイが死んじゃうかもしれないんだよ?」
「いやだ!いやだいやだ!」
泣いて、泣いて、ダイにしがみついて、両親を困らせた。
母は私からダイを引き離すと私を抱きかかえた。
その隙に父がダイを車に乗せる。
体格のいい父の力でも体の大きなダイを抱き上げるのは大変そうだった。
「ダイ……」
あの時、子どもながらにダイがもう帰ってこないことを悟っていたのかもしれない。
5歳の私がどうあがいても、母や父のすることは絶対だ。
それほど、ダイはここにいてはいけない状態なのかもしれない。
私はただ泣くことしか出来なかった。
「じゃ、行ってくる」
体の大きいダイが、軽自動車に乗せられて、我が家を去って行った。
ダイを乗せたあの車の後ろ姿は、私の脳裏に深く刻まれている。
私はきっとあの時、生まれて初めて“人を恨む”という感情をもった。
それから6年後。
私は幼いながら人生で二度目の、強く人を恨むという感情を知ることになる。
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