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吸血城の広間に、かりかりと響くのは神経質な音だった。
ホーリーと呼ばれた少女は、用意された黒板に白墨でなにごとか書き込んでいる。
円卓を囲む五名の吸血鬼のうち、さっき喝を入れられた緑騎士は怪しい。とりあえず着座してはいるものの、しっかり意識があるかダメージで気絶しているかは、頭部を丸ごと兜とバイザーで鎧っているため不明だ。
いっぽうのカレイドはわかりやすい。頬を片手でささえ、完全に居眠りして頭で船を漕いでいる。いまは早朝、つまり吸血鬼にとっての夜更けなのだから仕方ない。
議題となる項目を、ホーリーはおおむね黒板に書き終えた。唐突に振り返り、円卓を叩いて怒鳴る。
「ひとつめ! デクスター伯爵を倒したのはだれ!?」
その剣幕に驚き、カレイドは思わずイスからずり落ちた。あいかわらず緑騎士は動かない。わけもわからず寝ぼけたまま、カレイドは的外れな弁解をしている。
「わ、私はやってない!」
無表情に、ホーリーは嘆息した。
「なぜ幻夢境の吸血鬼は、こんなにもやる気がないのかしら。リーダー格であるあなたが会議中に寝てたら、そちらの部下たちに面目がたたないわよ」
「心配ない、四騎士は吸血鬼のエリート中のエリートさ。ちなみになんだけど、ホーリーちゃん。その会議ってのはいつやるの? スケジュールに入れなきゃね?」
とほうもない天然ぶりを発揮するカレイドを、ホーリーは冷たく見据えた。
「たったいまからよ」
「えェ? いきなりはキツいな~。そもそも会議ってのは、じっと座ってるだけで胸が悪くなる。気持ちが滅入って吐きそうになるんだ」
「一週間前に知らせたわ、会議を開くことは。そのときあなた、自分自身で手帳に書き込んでたんだけど?」
「うそォ?」
スケジュール帳をぱらぱらめくり、カレイドは目をぱちくりした。
「あ、ほんとだ。なんでここに〝会議〟って書いてあることを知ってたの、きみ? まさか透視能力?」
「どこまでも話は噛み合わないようね。わかった。やはり吸血鬼もわたしの〝ジュズ〟の攻撃対象に加える。ふたつの世界の呪力使いだけじゃなく」
「怒るなよ、美人が台無しだ。冗談さ、冗談。からかって悪かったよ」
おそるべき未来の超存在を相手に、カレイドの強心臓は並外れたものだった。さすがは伝説の吸血鬼の城主だ。達観した笑いを漏らすカレイドの眼差しに、さっきまでのふざけた態度はみじんもない。
「やがておとずれる〝未来の戦争〟に吸血鬼を巻き込まないことが、私たちがきみに協力する条件だ。現にきみは先日起こった〝イレク・ヴァド決戦〟と吸血鬼を、裏から手を回して無関係にしてくれた。全幅の信頼をおいているよ、きみには」
「理解してくれて嬉しいわ」
「始めてくれたまえ、課題の確認会を」
「まずは黒板を見て」
カレイドと四騎士の視線の先、チョークで記されるのは以下のことだった。
一、デクスター伯爵が倒されたことについて。
二、マタドールシステム・タイプOについて。
三、地下水路の女王について。
四、〝断罪の書〟について。
「え。やられちゃったの、デっちゃんたち?」
鳩に豆鉄砲な顔つきのカレイドへ、ホーリーはうなずいて答えた。
「あなたの呪力〝血呼返〟で現実世界に〝召喚〟されたご自慢の一番槍……デクスター伯爵チャールズ・ウォードとその手下は、忠実に任務を遂行したわ。だけど彼らは道中、地球の〝組織〟に逮捕された。滅びる一歩手前まで残酷に血を吸われて、ね」
いぶかしげに耳の穴をほじくり、聞き返したのはカレイドだった。
「いまなんて? 吸血鬼が血を吸われた、だって? 医学的な意味で血を採られた、とかじゃなく?」
「そう、文字どおり吸血されたのよ。地球には幻夢境の想像を超えた〝吸血鬼の血を吸う吸血鬼〟……〝逆吸血鬼〟がいる。以前からわたしもマークだけはしていた。その彼女までもが、とうとう戦いの表舞台にでてきたわ。組織の日本支部から召喚士のメネス・アタールが離反したことを受け、人員調整のために国外より送り込まれたという話よ」
じぶんの両肩をおさえ、カレイドは顔色も悪く身震いしてみせた。
「私たちの血を吸うなんて、おお怖い。昔からホラーの類は苦手なんだ。ゾンビや狼男とかもダメ。そんな私に、まさかその恐ろしい怪物と戦えなんて言わないよね?」
「悪いけど、そのまさかかもしれないわよ」
ホーリーは二番めの協議事項に移った。
「マタドールシステム・タイプO。組織は、まもなくそれを完成させつつあるわ」
「マタドール? それってあれかい。歯車と電気で動くからくり人形に、特別製の食屍鬼の皮を張りつけたやつ。たしか幻夢境にもちょっと前、メネス・アタールが手違いで召喚してたな。フィアとニコラだっけ? 男のほうは〝魔王〟とか名乗って、私のところにおかしな勧誘にきたこともある。なんだかずいぶん暴力的だったから、こっちも力ずくで門前払いしちゃったけど」
「タイプOは、その最新型よ」
苛立たしげに眉間にしわを寄せ、ホーリーは続けた。
「タイプOの正確な姿形までは、さすがのわたしにもわからない。なにしろ、わたしが過去の時間軸に介入したことをきっかけに生まれた想定外の要因だから。ただ、ひとつだけはっきりしていることがある。それは謎のタイプOが、わたしの必要としている封印装置……〝断罪の書〟の呪力にまっこうから反発する存在であることよ」
顔の前で握りこぶしを作り、ホーリーは言い放った。
「そんな存在は許さない。わたしの計画の大いなる障害だわ」
最後に残った三番めの題材に、ホーリーは焦点をあてた。
「会議の前、地下水路の女王に協力の要請をもちかけてみたの」
いたずらっぽく忍び笑いしたのはカレイドだった。
「断られたんでしょ? たいがいプライドが高いからね、彼女も」
「お察しのとおりよ。女王はわたしの交渉のテーブルにすら乗らなかった。ジュズの大群の恐ろしさを適切に説明したつもりだけど、彼女は自身の軍隊で対抗する気でいるわ。その数万匹ともいわれる無限の子どもたちを率いて」
「そりゃ厄介だ。味方に引き込むことさえできれば、きみの敵はいっきに減るのにね」
「他人事じゃないのよ。まとめに入るわ」
チョークで黒板をしめし、ホーリーは告げた。
「役割を分担しましょう。この四つの問題のうち、ふたつの解決をあなたと四騎士に任せるわ。あとの半分はわたしが対処する。黙っていたと言われるのもなんだから事前に伝えておくと、タイプOの回収にはおそらく逆吸血鬼との戦いが控え、〝断罪の書〟は寝返った久灯瑠璃絵と……とある魔法少女〝蜘蛛の騎士〟が守ってるわ」
カレイドは露骨に顔をしかめた。
「どれもしんどいな。ほんとに吸血鬼の出番なの、その仕事?」
「こばむのは自由よ。他をあたる。そのかわり、当然……」
氷河のごとく、ホーリーの声は低温だった。
「当然、吸血鬼は絶滅することになるわ」
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