愛しい君

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愛しい君

 テスト期間も折り返し。  鈴本チカは残りの教科をどうしようかと戦略を立てながら、まだ陽の高い帰路につく。  「ただいまー」  ドアに手をかけると自動的に発せられる感情のない台詞。  「おかえりチカ。いいところに帰ってきた! お母さんこれから長谷川さんのところに自転車運んでくるから、ちょっとの間お店見ててくれない?」  テスト期間中は部活は休部になる。こんなふうに娘の早い帰宅をフル活用するのはたいてい母親のカズミだ。  父は打ち合わせだと言って、今朝チカが登校する時にはすでに留守だった。  「一応まだテスト期間なんだけど……」  ほとほと嫌になってぼやく。悪いね、と店のソファーに腰掛けた長谷川のお婆ちゃんが、湯呑み茶碗に伸ばそうとした手を顔の前で合わせ申し訳なさそうにしている。  「ううん、へーきへーき! 気にしないで」  お客さんに気を遣わせるのもなんだか気が引けるので愛想良く手を振ってみせた。  
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