愛しい君

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   この鈴本オートは、チカの祖父が経営していた自転車屋を父の正志が継いで二輪車の修理屋となった。  昔の名残りからか、祖父の頃からの馴染みのお客が自転車のパンク修理や原付バイクのオイル交換などで定期的に訪れる。  こうして定期的に自転車のメンテナンスに訪れる長谷川のお婆ちゃんは、いわばお得意様なのだ。   留守番といっても高校生のチカにできることなんてせいぜい電話の相手から用件を聞くことくらいだ。  来客用の応接セットに脚ごと放り出し、お情け程度に教科書を開く。  鬼センめテスト範囲広すぎだし。  あーあ! とため息任せに声が出る。  教科書の内容がひとつも入ってこない。 テーブルに投げ出すように滑らせた数学の教科書は、祖父の時代からそこに君臨する2時間ドラマの凶器に使われそうなガラス製の大きな灰皿にぶつかるとぐにゃりとバランスを崩して床に落ちた。  それを拾う代わりに、先程投げ置いたバッグから一眼レフカメラを取り出した。  ソファーの背もたれに頭を預け天を仰ぐ格好になるとレンズ越しに適当な天井のシミを見つけた。  
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