愛しい君

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   息を止めて天井のシミに神経を集中させる。  シャッターボタンを半分押すとジジッとレンズが己のベストポイントを探し始め、見つけると今度はピピッと合図をくれる。  チカはそこでようやくシャッターを切ると、フーッと堰き止められた呼吸が解放された。  写真部から貸し出されているこのカメラは10年以上前のモデルだが、黒々とした光沢が現役オーラを存分に放っている。  現在はチカの良き相棒として共に歴史を刻んでいる。  チカは撮影した天井のシミのデータを確認する。  今撮って今確認できるというのがデジタルの良いところだが、現像するまで一日千秋の思いで心が騒ぐフィルムカメラも嫌いじゃない。  手慣らし程度に撮影と確認を繰り返し、窓越しに空を覗いた。  くすんだ空に2頭の蝶々がじゃれている。  ふと奥の作業場から漏れる金属音に人の気配を感じた。   ーーーーーーあ、律だ。  何となく気持ちが上ずって、チカは放り出された脚を床に下ろし行儀良く座り直した。  無意識に目を閉じる。  耳を澄ますと、音に乗せられた情景が鮮明に浮かんでくる。  
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