愛しい君

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   コンクリートの床に耐火処理のされたフェルト製の青色のマットが敷かれ、そこに置かれたレース用の大型バイク。  すぐ側にはバイクから外されたボルトやレンチなどの工具を入れる為のステンレス製のバットが置かれている。  金属同士がぶつかる音なのにまるで水の膜を一枚隔てて聞いているように優しく響く。  無機質な鉄の塊なのにそう感じさせない彼の音。  静寂の中のBGMに乗せられたチカの足は自然とそちらへ向いていた。  事務所から作業所に入る引き戸に手をかけると、チカは持っていたカメラを首に掛け替え脇にある洗面台の鏡でなんとなく髪を撫で付ける。  扉から覗くような格好で作業所の右奥に陣取られた律のメンテナンス用のスペースに視線を這わす。  肘まで捲り上げられた紺色の作業つなぎ、そこから伸びる筋張る日焼けした腕。  所々にオイルの黒い跡が見える。  「律…。」  思わず声が漏れ、ハッと我にかえる。  彼の手にかかり無防備を晒される大型バイク。  車体を覆うカウルと呼ばれる樹脂製の部品が外されたそれは、子供の頃に映画で見た人造人間に似ている、といつも思う。  肉片が剥がれてむきだしになった身体から、無数の線やネジが(うごめ)いて見える。それを下から覗くような格好で、狭い部分に手を伸ばす律。  額から流れる汗を時より袖で拭いながら作業が続く。  
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