愛しい君

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   天窓から差し込む西日が律とバイクにスポットを当て薄暗い作業所に浮かび上がる。  チカは露出を変えてファインダーを覗く。  息を呑む動きさえも許さないシャッタースピードに心臓が細かく震えだす。    一瞬も逃したくない彼の蠱惑(こわく)な横顔。  チカは息を止めると慎重にシャッターを切った。  静まりに響くシャッター音。  それに気付いた律とレンズ越しに目が合った。  不意を打たれたチカは、レンズのこちら側で目を見開く。  気まずさを取り繕うための言い訳を必死で考えていると先に視線を絶ったのは律の方だった。  持っていた工具を置きフッと一息つくと、律は縮み切った膝を伸ばすように立ち上がり横の作業台に投げ置かれたタオルを手に取った。  額と首筋を拭い、あっちぃーと言いながら最強で回っている扇風機を腕の中に抱えこむ。  ウオーンと音が激しくなった。  先程までの静寂は一瞬にして雑踏の作業所へと引き戻されてしまった。  梅雨入り間近の天気は曖昧で、じっとりと熱を持った空気が体温を上げていく。 「よお、チカ。なんか冷たいのちょうだい。」  いつもの調子でほっとする反面、更に動揺を重ねてしまいそうになったが何とか平静を装って店の奥にある自宅キッチンへと向かった。  冷蔵庫のドアポケットから麦茶の入ったポットを出しながら先程の律の横顔が浮かぶ。  レース前になると時間も(はばか)らずバイクをいじっている。  もう何年も前から見慣れたその光景を幼馴染の特権だとチカは思っている。  自分だけが知るの律の横顔だから。  
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