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ゴクゴクと喉を鳴らし麦茶を一気に飲み干すと、律はグラスを流し台にそっと置いた。
その背中に若干の寂しさを覚え沈黙に耐える自信がないチカは、次のレースの日程がおじさんの命日と重なっていることを口にした。
言ってから、しまったと後悔した。
少しの間を置いて、俯きがちに振り返った律の瞳に一瞬、鈍色の影が差したように見えた。
毎年父親の命日が近付くと伏し目がちになっていく律だが、今年は律のレース日と命日が被ったのだ。
レースに向けてセッティングの感覚が掴めずなかなかタイムが上がらないと言って苛立つ律を、メカニックを担当しているチカの父、正志も心配していた。
夕食の時に正志が大きな溜め息をついていたことを思い出した。
「次のレース頑張ってね。おじさんも見守ってくれてるからきっと大丈夫だよ。私もめっちゃ応援するし!」
月並みに努めて明るく言葉をかけるチカだが、どことなくぎこちない言い方になってしまった。
律は感情の読めない顔で「ああ」とだけ応えると、ご馳走さんと言って作業所へ戻っていった。
途中、台所のドア枠から垂れ下がるビーズの暖簾を片手で分けると一瞬足を止めた。
何かを言いかけたようだったが何も言わずに行ってしまった。
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