追想

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追想

雑用の一つに、103歳になる菫婆さんのご用聞きがある。 婆さんは日永一日、縁側に座り、縫い物をしたり、組紐を編んだりしている。 指先を使っているせいなのか、ボケもせず元気そうだ。 「菫さん、買って来ました。この色で良かったですか?」 群青色と深い藍色の糸を手渡す。 「ああ、ありがとう。雨に降られんで良かった」 「はい」 「夕立が来そうな空になって来た。今年は雨が少ないで、夕立くらいないと草木も喉が渇く」 「この頃はよく降りますね」 「百合さんは、何を待ってなさる?」 「え?」 「あんた、よく空を見てないかね?」 「…そう…ですか?」 「私はね、お迎えが来るのを待ってるさ。本宮様のもっと高い向こうから、雲に乗ってお使いが来るのを…」 「雲に乗って…」 「そうさ、もう百も過ぎて、いい加減お迎えが来てもいい年さ。雲に乗ってヒューッとあの世に行くつもりでおる。そんで、ふと見ると、百合さんも何かしらん、誰かを待っとるような顔をして空を見上げてる。そうじゃないかね?」 「…菫さんには敵わないなぁ。俺は…ん、雨上がりに虹が掛かるといいなぁと思って…」 「虹かね。そういえばもう長いこと見てないわね。百合さんは良いお人だで、きっと龍神様が見せてくれるさ」 「そうですか?ありがとうございます」 「私に礼は要らん。百合さんに虹を見せてくれなさるのは龍神様だでね」 「はい」 菫婆さんは、うんうんと頷くと、暗くなって行く空を見上げた。 夕立が虹を連れて来る。 虹が…
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