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ここは天国の入口。
あ〜ぁ、ここまで遠かったなぁ。
三途の川を渡って、ぞろぞろと天国に向かう列に並んで、歩いて歩いて、やっとたどり着いた。
私は天寿を全うし、125歳での大往生だった。
長生きしたもんだよ。
同級生は半世紀前頃からに続々といなくなり、妻は四半世紀前に亡くなった。
私には及ばないが、彼女もまあまあの大往生だった。
現世では、最後の最後まで元気だったし、スマホも使いこなし、インスタもYouTubeもやって、気持ちは若いつもりだったし、毎日が充実して楽しかった。
でも、いくら気持ちが若くても、身体のあちこちは痛いし、妻にも会いたくなった。
もうそろそろ逝ってもいいかなぁと思っていたら、なんと、餅を喉に詰まらせて、あっけなく、こっちにくる羽目になった。
死んだら天国に簡単に着けると思っていたら、三途の川を渡ってから、まあ、長い長い。
それはそれは大変だったよ。
でも、その間におもしろいことがあった。
なんと、歩いているうちに、徐々に自分が若くなっていったんだ。
手の肌の感じから、多分、結婚した頃か、その数年後くらいの年齢に戻ったように思う。
周りを見てみると、高校生くらいに戻った人、小学生に戻った人、変わらない人、それぞれ違っていた。
天国で過ごす姿はどのように決まるのだろう。
戻りたいと思った年代なのか、それとも、その人が人生の中で1番幸せだった年代なのか。
はたまた、神様が決めるのか。
どちらにせよ。
私は、なぜ、この年代に戻ったのだろう。
どの年代も幸せで楽しかった。
それでも、どこかでこの年代に戻りたいと思っていたのかもしれない。
確かに、とても幸せだったことに間違いない。
妻は、どの年代に戻っているのだろう。同じ頃の年代だったら、それは嬉しい事だ。
私の事がわかるだろうか。
そもそも、まだ天国にいるのだろうか。
もう、転生しているかもしれない。
なんせ、四半世紀も経っているのだから。
それも仕方ない。
でも、できることなら待っていて欲しいと願う。
そんなこんなで、やっとたどり着いた天国は、受付に長蛇の列が出来ていた。
私もその列に並んだ。
現世では、もう動じるような事はほとんどなかったが、さすがにここでは、天国への不安と期待で、どうも落ち着かない。
そういえば、もうずいぶん長い間、声を出していない。
三途の川を渡るときも、ここまで歩いて来る時も、周りにはずっと人がいたのに、なぜか、天国に向かう道中は、誰も喋らない。
私も、喋ろうという気にもなれず、黙々と歩いて来た。
あそこは無の空間だった。
そうか。
ここまで黙々と歩く事は、きっと、現世への思いや後悔、無念、未練、いろんな感情に折り合いをつける、そんな時間だったのかもしれない。
でも、ここは違う。
受付の声など、なんとなくザワザワしていた。
とは言え、列に並ぶ人同士の話し声は聞こえない。
よくよく周りを見てみると、
"私語厳禁"
と空間に文字が浮かんでいた。
ちなみに、ここは日本人の列。
となりは、韓国。
なるほど。
ここは、私語厳禁なのか。
確かに、ここでこの人数に話をされたらうるさくて仕方ない。
受付の奥をみると、天国に先に来ている家族が迎えに来ているのが見える。
どこかに似てると思っていたけど、そうか、空港のようだ。
だんだん受付に近づいてくると、受付の奥に見える人の中に、見覚えのある顔を見つけた。
あぁ、懐かしい。
待っていてくれたんだ。
あまりのうれしさに、思わず、前の人の肩を揺らし、
「見てくださいよ!あそこ!私の妻が迎えに来てくれている!」
そう叫んでしまった。
どこから現れたのか、私の横にすっと役人が来て、
「私語は謹んで下さい。」
と、冷静な口調で注意された。
「すみません。妻の顔が見えて、つい。」
役人は私の視線の先を見て、
「よかったですね。でも、私語厳禁です。もう少しで奥様に会えますから、もう少し待ってて下さいね。」
最初よりずいぶん柔らかい表情で役人が言った。
そして…。
「久しぶり」
「遅かったのね。待ちくたびれちゃったわ。」
「あっちの世界も楽しくてね。なかなかね。」
そう言うと、どちらからともなく抱きしめあった。
周りをみると、私たちのように、再会を喜ぶ人たちがたくさんいた。
こっちの世界もなかなかじゃないか。
悪くない。
また、楽しくなりそうだ。
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