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「うわっ、ほこりだらけだ」
聴き慣れた声が近くで聞こえ、ぼくは飛び起きた。
カナちゃんだ!
カナちゃんは、ぼくの上にのっていた本や書類をばさばさと乱暴にどけて、優しく手のひらでぼくに積もったほこりをはらう。
ゆっくりとふたを開けたカナちゃんは、ぼくの鍵盤にそっと指を置いて、
ポーン…
小さな音を鳴らす。
ああ、カナちゃんの指だ。カナちゃんの音だ。
指先からカナちゃんの気持ちが伝わってくる。
「調律も全然されてないなぁ」
苦笑しながら、カナちゃんはぼくの前に座る。
そして、あの頃よく弾いていた曲…大学を受けるときに弾いた曲を、弾き始めた。
ずっと弾いていなかったぶん、指は動いていないし、きっと上手さなら高校生の時のカナちゃんの方が上だろう。
でも、あの時とは全然違う。
カナちゃんは丁寧に、心を込めてぼくを弾いていた。
ああ、これだ。ぼくはこれが好きだったんだ。
カナちゃんと一つになって曲を奏でることが、大好きだったんだ。
「あはは、全然弾けなくなってる」
弾き終わったカナちゃんは、ぼくから手を離して笑った。
「…ごめんね、ピアノ。私、全然あなたのことを大事にできてなかったね。そりゃ、不合格にもなるよね。上手く弾くだけなら機械にだってできるんだもの」
ぼくをそっと撫でながら、カナちゃんはゆっくりと話す。
「音大は諦めたんだけど…。ピアノ…もう一回、始めても良いかな…」
そっとぼくの鍵盤に耳を寄せ、目を閉じるカナちゃん。
ダメなわけ、ないだろう!
ぼくは優しく、カナちゃんを包み込むように、ポロン…
小さな音を奏でた。
はっとカナちゃんが起き上がる。
「今勝手に…鳴ったよね?返事したよね?」
本当はぼくは動いちゃダメなんだけれど。
ポロン、ポロン…
返事をするように、鳴らしてみせた。
また、カナちゃんといっしょに曲を奏でられるんだ!
うれしくて、うれしくて、ぼくは何度も
ポロン、ポロン、ポロン…
音を鳴らした。
ピアノを買ってもらったあの日のように、カナちゃんの顔がぱぁっと輝いた。
ぼくの上にのせていた楽譜を、ばさばさと慌てたように広げる。
「じゃあ、ピアノ、よろしくね!」
カナちゃんはにっこり笑って、またぼくを弾き始めた。
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