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カラン、カラン。
お店のドアのベルが鳴る。
入ってきたのは、小さな女の子とお母さん。
女の子の手には、楽譜の入った手さげカバンが握られている。
「おかあさん、こっちこっち!」
「はいはい。楽器にぶつからないように、ゆっくりね。」
女の子は目をキラキラさせて、お母さんの手を引っ張ってぼくの方まで歩いてきた。
「これ!カナ、このピアノがいい!」
女の子の名前はカナちゃんっていうみたい。
「まあ、ぴかぴかの素敵なピアノ。おかあさんもこんなの欲しかったなあ」
カナちゃんとおかあさんは、うっとりしながらぼくを見つめる。
「ねえおかあさん。カナ、ピアノ頑張るから…ね?」
そう言って、カナちゃんはおかあさんを上目遣いで見上げた。
「うーん…でもカナ、バレエだって飽きて途中でやめちゃったじゃない。ピアノだって飽きちゃわない?」
「飽きないもん!ピアノは頑張るもん!」
不満そうに唇を尖らせて、ばたばたと地団駄を踏むカナちゃん。子供らしい姿に、ぼくはふふっと笑ってしまった。
ぼくがわらうと、ポロンと小さな音がする。
その音に気づいたカナちゃんが、
「ほら!ピアノさんもカナ頑張るから大丈夫って言ってる!」
パッと顔を明るくして、ぼくの蓋に手をついてぴょんぴょん跳ぶ。
「はしゃがないの」
おかあさんは真剣な顔になってしゃがみ、カナちゃんと目線を合わせる。
「ピアノはね、とっても精密な…繊細な楽器だから、優しく大事にしなきゃいけないの。わかる?」
「うん」
カナちゃんはぴたりと跳ぶのをやめて頷く。
「カナがどうしても欲しくって、ピアノ頑張るって言うなら、買ってあげる。でも、2つ約束。」
「やくそく?」
「そう。ちゃんと毎日練習することと、大事に使うこと。それができないなら買わないし、買っても返品するからね。お菓子を買うみたいに、ポンって簡単に買えるわけじゃないんだから。わかった?」
「わかった!毎日れんしゅうするし、大事にする!」
ぱぁっと笑顔になったカナちゃんが、こくこくと何度も嬉しそうに頷く。
どうやらぼくの持ち主は、カナちゃんに決まったようだ。
カナちゃんは、どんな音を奏でてくれるんだろう。
ぼくは、今からわくわくしてきた。
店長のおじいさんは、カナちゃんの家に行く前の夜に、ぼくをいつも以上にピッカピカに磨いてくれた。
「大事に使ってもらうんだよ」
って、まるで自分の子供に言うみたいにぼくにささやいた。
きっと、買われていった全ての楽器にそう言ってくれてるんだろうな。
優しいおじいさん、ありがとう。
おじいさんが店を出るのを見送って、ぼくはポロンポロンと小さく音を奏でた。
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