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2 やさしいお姉さん
「パパぁ……」
でも少し疲れてしまって、走るのをやめた。
ふりかえっても、ママが追いかけてくる気配はなかった。
とにかく、バス停まで行こう。
それで、パパが帰ってきたら、抱っこしてもらって、お家に帰るんだ。
手の甲で涙をふいて、その手をスカートでふいて、ふいた手でぶたれた左のほっぺたをナデナデしてあげた。そうしたら悲しくなって、もう動けなくなって、その場で泣いた。
しばらく泣いていたら、なんとなく気配がした。
うす暗いし涙でぼやけているけれど、前の方からだれか走ってくる。
ママではない。ママは坂の下からは来ない。お家にいるんだから。
でもパパでもなかった。
人形みたいに髪と手足が長い、小さなバッグを腕にかけた、お姉さんだった。
「どうしたの、大丈夫?」
そんなふうに叫びながら、お姉さんは私の前に滑り込んで膝をついた。
お姉さんは、わたしを抱き寄せて、恐がっているような顔でわたしのほっぺたを指先で撫でた。
「ひどい」
お姉さんの手は、冷たくて、気持ちいい。
「なんてこと……嘘でしょ」
「パパ……?」
「ごめんね。パパじゃないの」
そりゃそうだ。
わたしは、パパは一緒じゃないのかと訊いたのだ。
「でも、もう大丈夫。お姉ちゃんがいるからね。大丈夫よ」
「……」
お姉さんは、自分で自分をそう呼ぶのか。
そう言えば、パパも自分をパパと呼ぶし、ママも自分をママと呼ぶ。
わたしは、なんだろう。
「……おうち」
「え?」
お姉さんは、ママよりずっと細くて、きれいだ。だからパパがお姉さんを好きなのも納得する。わたしも、バケモノみたいにふよふよ膨れたママより、いつもオシャレしているお姉さんの方が好き。
パパのスマホに、お姉さんとの写真がたくさんあった。
会うのは初めてなのに、お姉さんもわたしのことを知っているような感じがする。きっと、パパがスマホの写真を見せたのだ。
お姉さんの腕につかまって、涙をこらえて、ちゃんと目を見てお話しをした。
「お家。パパを待つの」
「お家に、帰るの?」
わたしの目を覗き込んで、お姉さんは少し迷っているようだ。
お姉さんは、いい匂いがした。長い髪からは、お花っぽい匂い。ぷっくりしたお胸からは、甘いミルクの匂い。
お姉さんの服はお胸も肩も足も出ていて、なんだかバスタオルを巻いているみたいで布が足りないと思う。でも写真でお姉さんの裸を見たことがあった。すごくきれいだった。だから、お姉さんが薄着したくなるのも当然かもしれない。
ママは汚い。
お姉さんが、もう一度しっかり抱きしめて、頭を撫でてくれた。
それから、しっかりと、何かを約束するようにわたしの目を近くから覗いた。
「そうね。一度、お家に行かなきゃ」
立ち上がると、お姉さんの膝はすりむけて血が出ていた。わたしを抱きしめるために、ずっと地面に座ってくれていたから怪我をしたのだ。とても申し訳なく思った。
お姉さんは、手をつないでくれた。
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