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3 いつものパパ
お姉さんは歩く速さも、わたしに合わせてくれた。ママみたいに引きずらない。
お家に帰って来ると、ママはまだキッチンで吠えていた。髪はボサボサで、服もずっと同じのを着ているから汚れているし臭い。それで床を這いつくばるのだ。豚みたいに。きれいなお姉さんにこれがママですと見せるのはとても恥ずかしい気がした。
「ひっ!」
カウンターの傍に立っているわたしとお姉さんにやっと気がついたママは、一瞬とても恐がって、それからバケモノの顔になって叫んだ。
「なによッ!」
「あなた……」
「あんた誰!」
お姉さんは呆れたように笑って、首をふった。
きれいな髪がふわりとゆれて、いい匂いが辺りに広がる。
「まあ、いいわ」
お姉さんがわたしの手を放して、庇うようにお尻で顔を押してきた。わたしはちょっと下がって、お姉さんとママを見あげた。
もう涙は止まっていた。
「これを見て」
お姉さんが小さなバッグからスマホを出して、床のママに画面を向ける。うす暗いキッチンでスマホの光をうけて浮かび上がるママの顔は、いつもよりずっと悍ましかった。
「あなた母親なんだから、逃げなきゃダメだよ。あの子連れて。何やってるの」
「……あっ!」
ママが短く声をあげて、口を押さえた。
まん丸に見開いた目でじっとスマホを見つめている。
そのうちもう片方の手も重ねて、両手でがっちり口を押さえて、ぶるぶるとふるえだした。でもスマホに釘づけだ。
「そんなに痛めつけられて、辛かったと思う。でも、あの子にはあなたしかいないでしょ。守ってあげなきゃ」
「……ッ……、……」
「ママなんだから」
お姉さんがスマホをカウンターに置いた。ママはびくんと跳ねてお姉さんを見あげた。お姉さんが、お鍋や段ボールやペットボトルを避けて、ママに近寄っていく。
わたしはスマホに手を伸ばした。パパと同じ機種だ。パパのだろうか。
「あなた……どうして、生きてるの……?」
ママの掠れた声が聞こえた。
スマホは動画が一時停止になっていたので、画面下のバーを少し前に戻してみた。ベッドしかない部屋を斜め上から映しているみたいだった。テレビで見る防犯カメラみたいな感じだ。
「……こ……こないで……ッ」
画面ではパパとお姉さんがくっついている。
ぐっと体を伸ばしたお姉さんの喉がすごくきれい。
パパがお姉さんの上にまたがって、その首を左の手で押さえた。お姉さんがびっくしりて起き上がろうとしたとき、パパが右手をベッドの下に入れた。
「こっちへ来ないでよおッ!」
パパがお姉さんのお腹にナイフを突き刺して、切り裂いた。
いつもみたいに。
「……バケモノ……!」
「それ、人間じゃないってこと?」
声を絞り出してふるえるママに、お姉さんは乾いた声でそう返した。
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