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4 バイバイ
スマホの中では、お姉さんはパパにあちこち切り裂かれてピクピクしている。
「や……いや、こないで……っ」
「人間ってなに? 不倫して、抱いた女殺して喜んだあなたの旦那は?」
「やめて」
「心がなくても人間の方がいい?」
「ッ」
ママが変なふうに息を吸った。
わたしは動画に夢中だった。いつもみたいにたくさん切ったあとの体に重なってクネクネと血塗れになっていくパパ。ドキドキする。すごく体が熱くなる。
「私はいつも人間を愛してきたけど」
スマホの向こうで、お姉さんがママの前で膝をついた。
そして、ふるえるママの頭を撫でる。さっき、わたしにしてくれたみたいに。
「今日は殺してきてあげたから」
ママを撫でるお姉さんは、優しい。
でもスマホの中では、真っ赤なパパを下からつかんで、暴れるパパの頭をグシャッと潰して、のっそり起き上がった。顔に垂れる髪の間から、ギラギラ光る恐ろしい目が見える。
それで、こっちを睨んだ。
「キャァァァッ!」
わたしがスマホを放り投げて叫ぶと、ママがお姉さんを押し退けて転びそうになりながら逃げて行った。
お姉さんが、それを肩越しに見送っている。きれいだけど、冷たい目で。
「……ぁ……」
逃げなきゃと思った。でも足が動かない。勝手に体中ガタガタふるえて、息ができない。
パパが死んだ。
お姉さんが、殺した。
「……」
お姉さんは軽やかに立ち上がると、わたしが放り投げたスマホを拾って、片手で砕いた。その破片から何か小さなものを拾って、チョコみたいにポキッと食べた。
そして、わたしを見下ろす。
恐い。
でもお姉さんは、わたしを見て悲しそうな溜息をついたと思うと、さっきと同じように目の前で膝をついた。わたしをゆっくり、優しく、がっしりと抱きしめて蹲る。わたしに、つかまるみたいに。
「──」
そのとき、はっきりとわかった。
お姉さんは、パパを殺したけれど、わたしに同じことをしようとは考えていない。とても優しく、包んでくれる。パパみたいに。ううん、違う。たぶん、パパよりもっともぉーっと、大切にしてくれる。
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