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わたしはまた宿題を放って顔を上げる。 「おかえりなさいっ、お母さん!」 「ただいまぁ。遅くなってごめんね、あき」 所々ペンキの剥げた扉へ駆け寄る。 薄いベージュのスーツを、 母はいつでもパリッと着こなす。 今はちょっとよれているけれど。 それだけお仕事頑張ったのだ。 やりかけの宿題を押しやって、 夕食の温め直しにかかる。午後8時。 「いつもありがとう。お腹空くでしょ、 先に食べてていいのよ」 「いいの、わたしがお母さんと食べたいんだから。 お風呂も沸いてるから、 食べたら先に入っていいよ。 わたし、宿題片付けちゃうから」 電子レンジを使って、 わたしは二人きりの食卓を手早く整える。 本当は出来たてを出したいのだけど、 このアパートは料理の音も壁を抜ける。 顔も知らないお隣さんのフライパンが爆ぜる音を、 わたしだって手に取るように聞けるのだ。 だから料理もお風呂の準備も、 夜が来る前に終わらせる。 レンジのチンだけ、仕方がない。 「わぁっ、美味しそう。 お母さん、あきの生姜焼き大好き」 「へへっ、今日ねぇ、豚肉が安かったの!  坂上スーパーすごいねぇ、お母さんもタイムセール行ったらびっくりするよ!」 「あきの買い物上手だけで、 毎日びっくりの連続よ。 でもねぇあき、毎回坂の上まで行くの、 大変じゃない?  坂の下にもスーパーはあるし、 そっちでも大丈夫よ?」 「平気よ、 そのくらい苦労していいお値段なんだから。 それに」 坂の途中で、女神様に会えるんだから。 うっかり言いそうになって、慌てて口をつぐんだ。 自慢の生姜焼きを頬張ってごまかす。 危なかった。 あのお屋敷と女神様は、 わたしだけのとっておきなのだ。 秘密なんて作りたくないけれど、 誰かに話したらお屋敷も女神様も消えてしまうような、そんな気がしていた。 生姜焼きを詰め込んだわたしに、 母は「ゆっくり食べな」と言って、 途切れた話を気にせず笑ってくれた。
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