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「昨日の、見た?」 「見た! むっちゃ続き気になるんだけど!」 「わかる、もう待ちきれないー」 右側から、女の子達の楽しげな声。 教室の席は窓際だから、 人の声は全部右からなのだけれど。 わたしは本を開きながら、 耳だけをそちらに向けていた。 いくら聞いても、何を見たのかは全くわからない。 それはもう暗黙の了解のようで、 清々しいほどに感想しか口にしない。 わたしは本のページをめくる。 図書室いちおし、人気の棚の一冊だけれど、 談笑の種になったことはない本を。 テレビだったら、そこそこ見る。 でもクラスで話題になるのは大体がネットの配信動画で、我が家はちょっと、弱い。 スマホは制限が掛かっているし、 学校のタブレットは論外だ。 でもまぁ、 絶対についていかなきゃいけない話題でもないか。 わたしは気を取り直して、またページをめくる。 さすがは人気本で、ちゃんと面白い。 クラスは二十人もいるのだから、 誰か読んでいないかなぁと考えてから、 ふぅと窓の外を見た。 小学校は坂の下にある。 五年生の教室からは、 ちょうど高台の住宅地が見える。 家がミルフィーユみたいに重なる丘。 その上から二番目に、 わたしはすぐに青い屋根を見つけ出す。 あの、女神様のお屋敷だ。 蝉の声が騒々しく流れてくる。 わたしはうっとりと青い屋根を見上げる。 女神様は今頃、何をしてるだろう。 飴色のヴァイオリンを涼やかに奏でているだろうか。 それとも、女神様も学校に行くのかな。 一体どんな所だろう。 テレビで見るような、 外国のお城みたいな所だったりして。 広くて、豪華で、 その中を清楚な女神様が進んで──。 「むふふふふ」と漏れた笑いは、 右側の女の子達の爆笑でかき消えた。 すかさず頬を引き締めて、 ちょっと周りを見てから、 わたしは何食わぬ感じで本に戻る。 隣の感想合戦は、 なんだかもう気にならなくなっていた。
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