1人が本棚に入れています
本棚に追加
/14ページ
3
「昨日の、見た?」
「見た! むっちゃ続き気になるんだけど!」
「わかる、もう待ちきれないー」
右側から、女の子達の楽しげな声。
教室の席は窓際だから、
人の声は全部右からなのだけれど。
わたしは本を開きながら、
耳だけをそちらに向けていた。
いくら聞いても、何を見たのかは全くわからない。
それはもう暗黙の了解のようで、
清々しいほどに感想しか口にしない。
わたしは本のページをめくる。
図書室いちおし、人気の棚の一冊だけれど、
談笑の種になったことはない本を。
テレビだったら、そこそこ見る。
でもクラスで話題になるのは大体がネットの配信動画で、我が家はちょっと、弱い。
スマホは制限が掛かっているし、
学校のタブレットは論外だ。
でもまぁ、
絶対についていかなきゃいけない話題でもないか。
わたしは気を取り直して、またページをめくる。
さすがは人気本で、ちゃんと面白い。
クラスは二十人もいるのだから、
誰か読んでいないかなぁと考えてから、
ふぅと窓の外を見た。
小学校は坂の下にある。
五年生の教室からは、
ちょうど高台の住宅地が見える。
家がミルフィーユみたいに重なる丘。
その上から二番目に、
わたしはすぐに青い屋根を見つけ出す。
あの、女神様のお屋敷だ。
蝉の声が騒々しく流れてくる。
わたしはうっとりと青い屋根を見上げる。
女神様は今頃、何をしてるだろう。
飴色のヴァイオリンを涼やかに奏でているだろうか。
それとも、女神様も学校に行くのかな。
一体どんな所だろう。
テレビで見るような、
外国のお城みたいな所だったりして。
広くて、豪華で、
その中を清楚な女神様が進んで──。
「むふふふふ」と漏れた笑いは、
右側の女の子達の爆笑でかき消えた。
すかさず頬を引き締めて、
ちょっと周りを見てから、
わたしは何食わぬ感じで本に戻る。
隣の感想合戦は、
なんだかもう気にならなくなっていた。
最初のコメントを投稿しよう!