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それからまる一日、 わたしは女神様のことを考えなかった。 考えようとしても、 浮かぶのは白い歯を見せつける笑顔と男の子みたいな声色で、わたしはすぐに何か憂鬱な気持ちになった。 ほっけは仏頂面で焼き、母には 「あき、今日は全然喋らないね」と心配された。 お湯の中でペットボトルに足を乗せても、 次の日に教室から高台を見上げてもだめだった。 だめどころか、最悪だ。 青い屋根は何も変わらない光景だから、 わたしもついうっとりと女神様を思い描く。 そして湿った夕立の匂いと、 花に似せたシャンプーの香りにぶち当たるのだ。 帰る頃には窓際の席がいやになったし、 我が家の窓にも近付く気がしなかった。 でも、買い物だけは、 やっぱり坂の上まで行かないといけない。 腹をくくってエコバッグに財布を入れる。 行きはしっかりと顔を伏せた。 スーパーではお菓子売場を避けた。 100グラム75円の鶏もも肉と、 5個170円の茄子を手に入れて、 店を出た時の夕空はいつものオレンジ色だった。 だから帰りだって、 顔を伏せて下ってしまえばよかったのだ。 けれど坂の途中、わたしの耳にはそれが届いた。 空のオレンジ色と同じ── いつものヴァイオリンの音が。
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