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顔が勝手に上を向く。
柔らかく傾く陽を浴びて、
レースのカーテンがふわりと広がる。
飴色の弓が光る度、涼しい風を作るみたいに澄み渡った音色がこぼれる。
二階に見える後姿は、音色より澄んだ青色だった。
カーテンを揺らすささやかな風に、
羽根よりも軽そうな袖が揺れる。
気付けば足が止まっていた。
黄色い壁ののっぽなお屋敷は、
映画のラストシーンのように佇んでいる。
その景色を、ヴァイオリンの音色が取り囲む。
突き抜けて、広がって、
揺れてほどけて、消えていく。
心の中までくらくらして、
身体の中が飴色の音でいっぱいになる。
だんだん──腹が立ってきた。
遠くにいてくれれば、
こんなにも全部が美しいのに。
どうして赤い傘で降りてきたりしたんだろう。
どうしてわたしに話しかけたんだろう。
せっかく楽しかったのに。
素敵な女神様だったのに。
ヴァイオリンが響く。
風に舞う雪のような、
この季節にちっとも似つかわしくない旋律が、
圧倒的な透明度でわたしの中を揺り動かす。
目頭がじんとして、慌てて唇をねじ曲げる。
泣くもんか。
大体、なんで泣くんだ。
わたしは腹が立ってるんだ。
人の楽しい想像を、
陽気な笑い声で滅茶苦茶にして。
そのくせ次の日には、こんな音色を奏でてみせる。
本当に、もう、本当に──…。
「……っ、女神様のバカぁっ!」
最後の一音が消えると同時に、
わたしはお腹の底から叫んでいた。
身体を折り曲げ、アスファルトに声を叩きつける。
そのまま顔を上げず、
坂道を飛ぶように下っていった。
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